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Vol.05 元号が変わって知りました!

2019.06.03
カンナこと、こんなこと。

令和元年の幕が開いた。今回、このけじめにと思って少し改元のことを学んだのだが、初めて知ることもあって驚いた。

元号を用いるのは645年の「大化」から始まったそうだが、当初は必ず使うというものではなかったようだ。その証拠に元号がない時代も存在した。それが701年の「大宝」からは連続して使うようになったという。

最初の元号の「大化」から数えれば「令和」で232個目の元号となる。天皇は神武天皇から今上天皇までを数えると126人になるから、実は天皇の数と元号の数は合わない。天皇在位中には元号を変えないという一世一元の制が定められた明治以前は、元号も色々な理由で変えたようだ。

※南北朝時代の北朝も含めると、元号は248個。天皇は131人。

そして驚いたのは改元にはいくつか種類があるということだった。現在ではこれが当たり前であり、それ以外はないが、天皇の代替わりにともなう改元は「代始(だいはじめ)改元」という。しかしここにも二種類ある。それは天皇の代替わりが天皇が亡くなる「崩御」か、退位して次の世代に任せる「譲位」かということである。ほとんどが「崩御」による代替わりだが、今回は「譲位」である。近年では珍しいのではないかと思ったが、7代前の光格天皇は次の仁孝天皇に「譲位」しているし、調べてみると「譲位」はかつては、たまに行われていた。それだけではない。他にも改元には、善政や吉兆を賛美する「祥瑞(しょうずい)改元」や、自然災害や戦乱などの多発から改元する「災異改元」、そして中国の予言学説に基づき「辛酉(しんゆう)」「甲子(かっし)」などの年に改元をする「革年改元」があるという。

いやはや、慣れ親しんだ元号も、知らないことだらけではないか。

先日、友人に誘われて「キッサコ」というレストランに行き、その言葉は「喫茶去(きっさこ)」から来ていることを知った。この「喫茶去」という言葉は禅宗の中で使われている言葉で、もともとは「お茶でも飲んで出直せ」という厳しい意味合いだったそうだが、時代の流れの中で「お茶でもどうぞ」という柔らかい意味合いに変わったという。何だか「喫茶店」の名前の由来にも興味が湧いてきた。

 考えてみれば「挨拶」も「安心」も「智恵」も仏教から来た言葉である。もともとの意味を考えることなく、その言葉をただ感覚で使っていることが少し怖くなる。もう少し注意深く生きなくちゃと思う。私たちは異分野のことには、本当に無知なのである。

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  • 神津カンナ

作家、フォーラム・エネルギーを考える代表。長年に渡る執筆活動の傍ら、国内外のエネルギー関連施設や現場を取材し、暮らしの中のエネルギーといった視点で講演活動などを行っている。著書に『水燃えて火〜山師と女優の電力革命〜』『冷蔵庫が壊れた日』ほか多数。

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