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No.
122
お茶が冷めるように

2021.12.01
カンナこと、こんなこと。

昔、私は「全国こども電話相談室」というラジオ番組で回答者を務めていたことがある。この番組は44年間続いたが、2008年に長寿番組も終了ということになった。しかし、最近はワイド番組の中の一コーナーとして復活し、私も時折、回答者として呼ばれている。

私がはじめて回答者になった時、亡くなった無着成恭先生がこんなことをおっしゃった。「辞書に書いてあるようなことを言うな。子どもが自分で辞書を読んだほうがよく分かる。親や教師が答えるようなことを言うな。親や教師のほうがずっと、あなたよりうまく説明できる。〈あなた〉でなければ答えられないことを、この番組は求めているんだよ」

だからラジオのスタジオに入ると、私はかならず目の前の紙に、「私でなければ答えられないことを」と書いた。その他にも、この番組ではたくさんの勉強をした。ラジオなので、絵はおろか、表情も、身振り手振りもできない。何とか説明して「分かった?」と子どもに尋ねても、「わからな~い」と言われたら、おしまいなのだ。つまり、「伝える」ことより「伝わった」かが重要なのである。

最近、小学2年生の女の子が、こんな相談をしてきた。「ピアノの先生が死んでしまったのですが、悲しくて悲しくて仕方ありません。どうしたらいいですか?」

色々な回答があるのだと思うが、私はこんなふうに言ってみた。「たとえばお茶とか、熱いものを飲むときがあるでしょ?その時、最初のうちはカップやお湯のみは熱くて持てないし、中に入っている飲み物も、熱くて、ふーふー冷まさなきゃ飲めないけど、しばらく置いておくと冷めて、カップを持てるようになるし、中のお茶も、ちゃんと飲めるようになる。ピアノの先生が亡くなって、悲しくて悲しくてたまらないのは、そのお茶が熱いのと似てるんじゃないかな。今は、熱くて、カップも持てないし、飲むこともできない。でもね、ゆっくり待っていたら、少しずつ冷めてカップを持てるようになるし、お茶も飲める温度になる。お茶の熱さが変わるように、きっと悲しいと思う気持ちも、だんだんに変わってくる。熱くなくなってくる。その日まで待ってみようよ」「そうか、待ってみる。熱くなくなるまで」

いつもなのだが、回答…らしきものを口にしたあと、しばらくはこれで良かったのかなあ、通じたかなあ、と思い悩む。このときも同じだったが、小学二年生の女の子が「そうか」と言ってくれたことで、私は肩の荷が下りてホッとした。

私の回答を誉めているのではない。人に何かを伝えるのは難しいものだとつくづく思うのだ。全ての人に納得してもらえるような回答はない。でも、身の回りのものを総動員して説明する労苦を、もしかしたら現代人は失いはじめているのかもしれない。

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  • 神津カンナ

作家、フォーラム・エネルギーを考える代表。長年に渡る執筆活動の傍ら、国内外のエネルギー関連施設や現場を取材し、暮らしの中のエネルギーといった視点で講演活動などを行っている。著書に『水燃えて火〜山師と女優の電力革命〜』『冷蔵庫が壊れた日』ほか多数。

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