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人・地域を動かす音楽のちから

名古屋フィルハーモニー交響楽団の音楽監督・小泉和裕さん。
当社代表取締役会長・水野明久が、飛騨古川にある小泉さんの夏の別宅を訪れ、
リーダーシップと地域とのつながりをテーマに、
仕事環境やチームで仕事を進める時の考え方などを熱く語り合いました。

指揮者小泉和裕
指揮者。東京藝術大学4年時にベルリンへ留学。以来ヨーロッパにおいて精力的に指揮活動をおこなう。現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団音楽監督、東京都交響楽団終身名誉指揮者、九州交響楽団音楽監督、神奈川フィルハーモニー管弦楽団特別客演指揮者。
中部電力 代表取締役会長水野明久
中部電力代表取締役会長。2010年に代表取締役社長、2015年に代表取締役会長に就任。中部経済連合会副会長、愛知県経営者協会副会長、日本アイスホッケー連盟会長などを務める。

世界のトップ指揮者から学んだ〝人間力〞

水野小泉さんが名古屋フィルハーモニー交響楽団(以下、名フィル)の音楽監督に就任されて2年半以上が経ちました。これまでに国内はもちろん、海外でもご活躍されていると伺っています。海外に出られたきっかけはなんですか。

小泉1970年、大学2年生の時に民音指揮者コンクール(1988年より「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」に改称)で第1位となり、留学しなさいということでヨーロッパ行きの飛行機チケットと賞金をいただきました。その2年後にベルリンへ留学し、翌年にカラヤン国際指揮者コンクールで第1位を受賞しました。その後、小澤征爾さんのひと声もあり、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督となるのですが、その時は25歳でした。今から思えば、若造にそんな大役をよく任せてもらえたものだと思います。以来、ヨーロッパを中心に活動をしてきまして、海外と日本を行ったり来たりの生活ですね。

水野カラヤン氏 * から直接指導を受けた指揮者は、世界中を探しても多くはいないでしょう。貴重な体験をされたのですね。

小泉カラヤンからはベルリンフィルの練習やザルツブルクの音楽祭など、あらゆる場面でオーケストラをどう創り上げていくかをゼロから全て見せてもらいました。音だけでなく照明ひとつにまでこだわり、指示を与えていく姿を食い入るように見ていましたね。今の私があるのは、カラヤンのオーケストラの創り方を見てきたからだと言えます。

水野カラヤン氏の指揮の素晴らしさは、どこにありますか?

小泉ひと言で言えば、目の力です。オーケストラがどんな反応をするか見極めながら、独特のオーラで伝えていきます。その迫力たるや言葉では言い表せませんが、あのオーケストラの創り方はカラヤンにしかできないと思います。

水野〝人間力〞ということですか?

小泉まさに、〝人間力〞です。経営者も指揮者も、人をまとめていくという意味では共通しているのではないでしょうか。

* ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989年):
オーストリア出身の指揮者。ベルリン・フィルハーモニーの終身指揮者・芸術監督やウィーン国立歌劇場総監督などを務めた。クラシック音楽界に多大な影響を与えた20世紀で最も偉大な音楽家の1人。

名フィル音楽監督のほか、3つの楽団で要職を務める。写真は名フィルでの演奏風景。小泉さんの表情から、その迫力を演奏者たちは感じとる。

徹底した現場主義こそ仕事の原点

水野カラヤン氏からの教えを、指揮者として体現できたと思われたのはいつ頃だったのですか?

小泉今でもそれを追求し続けています。演奏は、その度に条件も違えば、実際の音も違う。年齢とともに価値観は変化していきます。だから、これが到達点だ!というものがない。まさに一期一会だと思うのですが、これがまた難しさでもあり面白みでもあるのですね。

水野到達点がないという言葉はとても深いですね。心に染みます。

小泉水野さんは技術畑だったそうですが、現在も活かされている経験はありますか?

水野若い時は水力発電所のダムや地下発電所の設計に携わっていました。山の中でも過ごした、社会人最初の10年が仕事の原点ですね。おかげで、今でも現場主義の精神は変わりません。

小泉オーケストラもまさしく現場主義です。指揮者の中でも音楽監督は、演奏の他、予算管理から演奏者のオーディションまで全てを任される。つまり水野さんと同じ経営者と言えます。現場を知らなければ務まりませんし、信頼してもらえません。

水野小泉さんの仕事とも共通点があったとは嬉しい驚きです。会社経営も、オーケストラも、独りではできない。信頼し合える仲間で取り組むからこそ良い成果につながりますね。私は学生時代にアイスホッケーをやっていまして、今では日本アイスホッケー連盟の会長を務めています。 アイスホッケーの普及を図るうえでも、選手・スタッフをはじめ現場の声を聴くことを心掛けています。まさに現場主義の精神が大切だと実感しています。

地域創生と音楽の関わり

水野ところで、なぜ、飛騨古川に夏をお過ごしになる別宅を持たれるようになったのですか?

小泉カナダから日本に拠点を移す際、自然を感じながら暮らしたいと思っていたんです。コンサートでこの地を訪れた時、すっかり気に入ってしまって。後に、この町の方にどこか良いところはないか聞いて、この家を紹介してもらったんです。

水野ここではどのように過ごされているんですか?

小泉畑と田んぼがあり、米や四季折々の野菜を作っています。不在の時には、地域の方々が助けてくださるので安心しています。裏には山もあり、夜には満天の星空のもと、小川のせせらぎや山をわたる風を感じ、心が洗われます。

水野まさに大自然が奏でる音楽ですね。2階ではコンサートを定期的に開催されているとお聞きしました。

小泉この家は元養蚕農家で、2階が広く、音の響きも良いんですね。町の方たち100人ほどに集まってもらって、演奏会を開催しています。

水野飛騨古川の方々は幸せですね。

毎年、夏の時期を過ごす岐阜県・飛騨古川の家。夏はここを拠点にして、全国各地へと向かう。畑では季節の野菜を、田んぼでは1年分の米を作り、大切に育てては蓄えながら食べている。

中部地域で、もっと音楽の喜びを

水野名フィルの音楽監督のオファーは、どのようなお気持ちで受けられたのですか?

小泉名フィルでは、若い時から何度か指揮をさせてもらっていました。何度も熱心にオファーをいただいたことから、喜んでお引き受けしました。指揮者として非常に名誉なことだと思っています。

水野中部地域の人間として、名フィルを小泉さんが監督されることをとても嬉しく思います。これから先、どんな楽団にしたいと考えておられますか?

小泉音楽監督は会社経営と同じで、中長期的に計画を立てていかねばなりません。楽団員の人数をもう少し増やしていく方向で、音楽の可能性を広げていきたいと思っています。

水野小泉さんはこの飛騨古川でも、音楽文化の発展に貢献されていますよね。

小泉私が飛騨古川に居を構えたことで、国内外の音楽家がこの場所まで訪ねて来るようになりました。すると「小泉さんの音楽には、この飛騨古川が大きく影響しているに違いない!この土地の力が音楽にみなぎっている」と言われるようになったんです。自分では全く意識していないのですが(笑)。

水野この地の自然が、小泉さんの表現に豊かさと深みを与えているのかもしれませんね。

小泉そうですね。ここで夏を過ごすようになって約30年。この町から受けたご恩をお返ししていきたいと思っています。何より、子ども達にオーケストラの音の素晴らしさをもっともっと体験して欲しいと思っています。

水野小泉さんが飛騨古川にまいた音楽の種が、芽吹き、地域創生のきっかけになっている、大変素晴らしい活動ですね。私たちも名フィルと小泉さんの飛騨古川での音楽活動を応援していきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。

「オーケストラの響きの素晴らしさを全身で感じて欲しい!」(小泉)

「小泉さんの熱い思いに触れ、地域創生にかける決意を新たにしました」(水野)

世界へ羽ばたくきっかけとなった出会い

1973年に第3回カラヤン国際指揮者コンクールで第1位を受賞したことです。カラヤン・コンクールで認められたことは、世界中のオーケストラで指揮をしていいという意味を持ちます。指揮者としての人生において大きな転機になったことは間違いありません。 最初に誰から影響を受けたかということは、音楽家にとってとても大切なことですから、カラヤンとの出会いとなったこのコンクールは本当に大きな出来事だと思っています。

* 写真はベルリン時代のもの。右から2番目が小泉さん、一番左がカラヤン氏。

名古屋フィルハーモニー交響楽団 小泉和裕さん 公演情報

2018年 12/7(金)・8(土)
第463回定期演奏会〈メーテルランク『ペレアスとメリザンド』〉
愛知県芸術劇場コンサートホール
2019年 1/10(木)
第65回市民会館名曲シリーズ〈ベートーヴェン・ツィクルスⅩ/日本音楽財団ストラディヴァリウス・シリーズ4「ロード・ニューランズ&フォイアマン」〉
日本特殊陶業市民会館フォレストホール
2019年 3/22(金)・23(土)
第466回定期演奏会〈ニーチェ『 ツァラトゥストラ』〉
愛知県芸術劇場コンサートホール

詳細は、名古屋フィルハーモニー交響楽団ホームページをご確認ください。
https://www.nagoya-phil.or.jp/

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