織物のまちの象徴
「遠州綿紬」を後世に
有限会社ぬくもり工房
(静岡県浜松市)
April 01. 2025(Tue.)
未来へ繋がる新しい取り組みをおこなっている企業や団体を訪ねるこのコーナー。
今回は、静岡県浜松市で受け継がれてきた「遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)」を次代へ残そうと取り組む「ぬくもり工房」を訪ねました。
鮮やかな柄の反物や布製品が並ぶショップで、代表の大高旭さんにお話を伺いました。


紅白の優しい色合いの生地がたなびく。
江戸時代から続く
「遠州綿紬」を今に伝える
三河(愛知)、泉州(大阪)と並んで、織物の三大産地のひとつに数えられるのが、浜松市を中心とする遠州(静岡県西部)です。江戸時代から有数の綿花の産地だったこの地域。織物産業が盛んになり、とくに明治以降、自動織機の発明や染色技術の進化、また東京・大阪の中央に位置するという立地条件から、地場産業として発展してきました。往時からこの地で紡がれてきたのが遠州織物。やわらかで温かみのある風合いが特徴です。
そんな遠州織物を今に伝えているのが「ぬくもり工房」。「遠州綿紬」として、自社でプロデュースした生地の販売や商品の開発・販売をおこなっています。
「現在メインでつくっている商品は約40種類。直営店のほか、百貨店やホテルなど、静岡県内で20か所以上にぬくもり工房の商品が置かれています」(大高さん)


“ストライププロデューサー”を名乗り、
遠州縞の感性を今に伝えている。
織物問屋として創業
浜松の生地を全国に届ける
1966年、大高さんの祖父・敏明さんが織物問屋「大幸株式会社」を創業します。当時は、1,500軒以上もの機屋があり、糸屋や染屋など織る前の工程も分業されていたので、織物に関わる工房は何千という数があったといいます。大幸は、地域で織られた反物を仕入れて地方へ販売する産地問屋を営んでいました。毎日、大量の生地が入ってきては全国へ出荷されていた景気の良い時代。主に着物や和小物に使われる小幅織物を扱ってきました。
2代目にあたる大高さんの父・茂明さんが事業継承したのは1992年。この頃には、伝統的な織物は衰退の一途を辿っていました。
大高さんがが入社した2005年には、つくる人の数も売上もかなり減少しており、遠州綿紬の取り扱いもやめようかというタイミングだったそう。
「あるとき製造現場を訪れ、その過程を見学したときに、すごくかっこいいと思いました。どこか懐かしさや温かさとともに、私が今まで見たことのない新しさも感じ、心がときめいたんです。伝え方さえちゃんとすれば残すことができるのではないか。小さくても強いものづくりができるのではないかと思いました」(大高さん)


大高旭さんの祖父の敏明さん。
遠州綿紬を伝える
「ぬくもり工房」立ち上げ
2006年に遠州織物に特化した事業部を立ち上げ、別会社として独立。ものづくりの温かさを伝えたいという思いから、社名は「ぬくもり工房」に決まりました。
当初は、どんな商品が売れるのかも分からず模索の日々が続いたそう。「まずは、反物を短くカットしたものをクラフトフェアで販売してみたところ、驚くほどに売れたんです(笑)」
独立したタイミングと同じ頃、インターネット通販が徐々に広まり、商売の形態も卸販売のBtoBからBtoCへと移行。オリジナル商品を次々に生み出していきました。
「商品を通して、遠州綿紬をどう伝えていくか。それが命題となっていきました」(大高さん)


自動織機の誕生で
全国へ普及
「遠州綿紬のはじまりは江戸時代です。群馬の館林のお殿さまがこの地に赴任されて、温暖で水・木が豊かな土地柄から、綿の栽培を推進したことだとされています」(大高さん)
そうして、綿が採れ、糸が紡がれ、機織りが広がっていきました。
大きなターニングポイントとなったのは、1896年。湖西市生まれの豊田佐吉氏が発明した動力織機の誕生です。またほぼ同時期の1900年代初頭には、浜松市生まれの鈴木道雄氏も動力織機を発明。遠州の地で、織物の機械化が起こり、量産が可能となりました。
さらに、東京・大阪のほぼ中間地点という地の利もあり、遠州で織られた綿が全国に普及していきました。
「遠州綿紬は、まずこの縞柄が特徴的です。どこか控えめで、生活の中に馴染む色合いやパターンがこの織物らしいポイントだと思っています」(大高さん)
「遠州綿紬」の反物は、地元の機屋で50~60年前の織機を使って織られています。
「古い織機は、ゆっくりと織られていくのが特徴です。1台の織機で織ることができるのは、1日に約30メートル。ゆっくりと織ることで、圧力がかかりにくく、手織りに近いふわっとした優しい風合いになります。衣類にした際には、肌にすっと馴染んでくれます。一方、最新の機械は、エアーで横糸を飛ばして高速で織っていくので、頑丈で安価なものにはなりますが、同じような風合いを出すことは難しいでしょう」(大高さん)






多彩な柄が並び、眺めているだけでも楽しい。
遠州の織物産業が
抱える課題
「遠州綿紬」ができるまでには、さまざまな工程を経ます。
糸を巻き上げて束にする「かせ上げ」
糸を漂白し染め上げる「染色」
糸が切れないようにする「糊付け」
糸巻きへ巻き取る「管(くだ)巻き」
縞の模様になるように糸を並べる「整経」
整えた縞柄が崩れないよう一本ずつ櫛状の穴に通す「経通し(へとおし)」
そして、織機で織っていく「機織り」
それぞれの工程が分業されており、各セクションの職人が手がけます。
今回、浜松市で機屋を営む袴田織布の工場を見学させていただきました。ぬくもり工房の生地はもちろん、さまざまなメーカーから機織りの依頼が舞い込み、十数台の織機が日々、ガチャコンガチャコンという音を鳴らしています。
ご夫婦で機械の前に立つ袴田和男さんは84歳。50年以上この仕事を続けています。年々、職人さんの数は少なくなっている中、袴田さんのような機屋さんは貴重です。
「職人さんの火を絶やさないようにするのも、私たちの仕事だと思っています。パートナーである製造会社と力を合わせて、織機を確保したり、将来若い職人さんが働ける場所をつくろうと取り組んでいます」(大高さん)






スタッフからの提案やコラボで
商品づくり
ぬくもり工房では、どのように商品を開発しているのでしょうか。
「商品開発は、特別なセクションがあるわけではなく、スタッフ皆がアイデアを出し合い生み出しています」(大高さん)
人気ナンバーワンはハンカチです。豊富な色と柄、使うほどに柔らかな風合いとなる遠州織物ならではの良さが感じられる商品です。名入れができる点も好評です。
「商品開発は難しい。いつも悩んでいますね。計画的につくったものより、ふとしたタイミングでほかの企業とコラボレーションした商品がロングセラーとなるケースも多いです」(大高さん)
例えば、浜松の扇子専門店と共作した扇子や、大高さんが愛用していたスリッパの加工会社とともにつくったスリッパは、ぬくもり工房の主力商品となっています。
さらに、星野リゾート「界 遠州」ではホテルの全館全部屋で「遠州綿紬」が使用されています。各部屋ごとに雰囲気を変え空間を楽しめるようになっており、宿泊客向けのノベルティやお土産としても人気です。
星野リゾート「界 遠州」とのコラボレーション紹介
https://nukumorikoubou.com/collaboration


右の「富士」は人気の柄。




海外まで届き始めた
「遠州綿紬」
ぬくもり工房の創業時は、広く知られていなかった「遠州綿紬」。まずはいろいろな人に商品を手に取ってもらおうと、人の集まるサービスエリアやホテルなどに、土産物や贈答品として商品を展開していきました。
それから実店舗を持ち、販路を増やし、今では口コミで海外から生地の買い付けにバイヤーが訪れるようにもなりました。
「フランス、イギリス、オーストラリアなど、海外から法人のお客さまが洋服や小物をつくる材料にと買いに来られます。日本らしい柄が特徴的なので、多くを語らずとも、見て手に取ってもらうだけで魅力を感じていただけています。そこから、遠州という地域が温暖な気候で綿栽培に適し、織機の発明の歴史があるといった歴史的な話をすると関心を持っていただけます」(大高さん)


発信し続ける中で
見えてきた事業の意義
創業してから約18年。創業当初の大高さんは、「遠州綿紬」を残したいという思いとともに、まずしっかりと事業化してご両親を安心させたいという思いも強かったそうです。
そうして無我夢中で遠州織物を発信していく中で、地元に暮らしている人も含めて、浜松が織物のまちであるということがあまりに知られていないことに気づいたそうです。
「だったら、自分が伝えていこうという気持ちが強くなりました」
その活動の一つが、小学生を対象としたキャリア教育です。ここでも、“まずは知ってもらうこと”という観点に立ち、小学校の家庭科の授業で「遠州綿紬」を使ってもらうように働きかけました。
「静岡県内で50校以上の学校に教材として納めています。そこで、私が赴いて、「遠州綿紬」にまつわる歴史や文化の話をさせていただいています。感心してくれる子どもがたくさんいますし、今はピンとこなくても、将来自分のアイデンティティーって何かなと思ったときに気づいてもらえれば嬉しいですね」(大高さん)


魅力を伝える大高さん。
未来へと紡いでいく
産業観光化を見据えて
「遠州の織物産業を健全に残したい」と語る大高さん。
「健全に」というのはつまり、無理につなげていくのではなく、自然に未来へつながっていく、そんなイメージだと言います。
今は、大高さんのような方がさまざまなところでPRしたり、声を発して伝えることに尽力していますが、そうではない未来を模索しています。
「人が自然に話題にして、遠州の織物産業に関わる仕事に就きたくなるような、そんな環境をつくっていくことが理想です。そのためのキーワードが“産業観光化”です」(大高さん)
工房が併設されている店舗にお客さまがショッピングに来て、体験もできて、ものづくりの現場や背景を知って、買い物が楽しくなる。また職人はお客さまと触れ合うことで刺激を受けたり、自分の仕事を誇りに思ったりと相乗効果を生む。産業と観光をうまく融合させることで、健全に遠州織物が後世へ伝わるのではないかと大高さんは言います。
「職人さんをはじめ多くの人に協力してもらわないといけないので、何年後に実現するかわかりませんが、チャレンジしていきたいですね」(大高さん)




- 有限会社ぬくもり工房
- 2006年4月創業。浜松市で江戸時代から伝わる遠州織物を「遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)」としてプロデュース。商品の開発・販売を通じ、地元の織物産業を残し、広げるべく事業をおこなっている。浜松市にある直営店のほか、ホテルやサービスエリアなどでも販売。また地域の小学校の家庭科の授業に生地を提供するなど、遠州織物の普及にも務めている。
- 静岡県浜松市浜名区染地台3-12-25
- 053-545-6491