甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

後世に残る
まちの風景をつくる
天竜区二俣町(静岡県浜松市)
(4/4)

July 10. 2023(Mon.)

ー前回までの記事はこちら
1/4
地元のおもしろさに気づき一歩を踏み出したから今がある 天竜区二俣町(静岡県浜松市)(1/4)
2/4
人々が訪れ、交流する拠点となるスポット 天竜区二俣町(静岡県浜松市)(2/4)
3/4
やりたいことを叶え充実した毎日を送る場所 天竜区二俣町(静岡県浜松市)(3/4)

今回もまちのキーマン・中谷明史さんにご案内いただき、この地で古くから営みを続けている「吉野家精肉店」に足を運びました。活気を取り戻したまちについて、中谷さんたちの活動をどう感じ取っていらっしゃるかを伺いました。そこには、心の底から互いにリスペクトしあっている様子が伝わりました。

ますます元気な、
戦前創業の老舗精肉店

2021年に訪れた際、「Kissa&Dining 山ノ舎」で食べたランチプレートの中のベーコンがあまりにもおいしくて、自然に「おいしい」という声がこぼれました。その反応にすかさず中谷さんから「そのベーコン、おいしいですよね。すぐそこにある老舗、吉野屋精肉店の自家製なんですよ」と教えていただき、食後そのまま、ベーコンを買って帰るため店に立ち寄りました。

吉野屋精肉店の創業は1934年。現在は2代目店主・菊池和也さんが、父親から受け継いだ店を妻・真澄さんとともに切り盛りしています。
店頭に「天竜ハム」という看板が掲げられているように、店の自慢は豚肉100%のプレスハム。自家製を貫く人気のハムやベーコンは、日本人好みの味の研究を重ねながら戦後から作り始めたそう。和也さんの代からは、オリジナル製品の種類も増えて、ソーセージ、サラミ、チーズなどもショーケースに並んでいます。

ハム・ベーコン・ソーセージなどは自家製で、
うまみがぎゅっと詰まっている。
イタリアのパンチェッタをイメージしたという
ベーコン。焼かずにそのままでも味わえる。

「最近は、中谷さんがいろんな人にうちをすすめてくれるから、地元以外のお客さんも随分増えてきましたよ。今はパッキングされたものをスーパーで買うのが当たり前だから、対面販売のお肉屋さんで買い物をするのは始めてという人も多くて。『どうやって買ったらいいですか?』なんて聞かれながら、若い人とやりとりするのも楽しいです」と真澄さん。
お2人の人柄に親しみを抱いて店に通う人も多いけれど、やはりなんといっても、ハムやベーコンのおいしさが忘れられず、わざわざでもまた二俣まで、買い物に来たいと思うのです。


吉野屋精肉店
静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1147
TEL/0539-25-2003

店内には、年代もののカメラ、蓄音機、電話機、
人形など、骨董品がずらり。
店主の菊池和也さんと、妻・真澄さん。

いろいろな人が訪れて
自分の“居場所”になるまちに

今回、あらためて中谷さんとお話しして、心に残ったのがこんな言葉。
「ぼくたちが10代の頃は、部活が終わったあと、そのままの格好で遊びに出かけて。体操服の上だけ脱いで、鮎をとったり川遊びをしたり。そんなことが楽しかったんです。今はもう閉店してしまったけれど、昔ながらのお好み焼き店やかき氷店に通ったり。あの時は当たり前すぎてなんでもなかった地元の風景が、一度外に出たことで尊いものだったと気がつきました。自分も体験したような、この土地ならではの風景を後世に残したい。自分の子どもたちにも伝えていきたい」

かつて中谷さんが通ったお好み焼きやかき氷の店のように、今、二俣で暮らす子どもたちの記憶の中に、私が今回巡った店、カフェやアイスクリームや餃子の味が刻まれるのでしょう。それと同時に、大人たちが好きなことに向かって楽しそうに働く姿も。

「この地で見た風景や体験が今の自分の感性に
つながっている」と語る中谷さん。

「ぼくがまちづくりに携わり始めた当初は、中山間地域の二俣におしゃれな店が増えたら、ということを理想としていました。しかし年月を経て考えが変わりました。本来まちというものは、さまざまなコミュニティを内包するものだとあらためて気がつきました。人やものに感度の高さを求めるのではなく、二俣のまちに、いろいろな人に来て欲しい。店を運営する側も、そこに来る人たちも、二俣が自分の居場所になる人が増えていって、このまちがもっと楽しくなっていくといいなと思います」

中谷さんたちが切り開いた新たな店と、昔から変わらずここにある商店。新旧がするっと溶け合って、“二俣らしい”好ましい風景として、私の心に刻まれています。

MAP

二俣町
静岡県浜松市天竜区
上部へ戻る