甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

人々が訪れ、交流する
拠点となるスポット
天竜区二俣町(静岡県浜松市)
(2/4)

June 26. 2023(Mon.)

ー前回の記事はこちら
地元のおもしろさに気づき一歩を踏み出したから今がある 天竜区二俣町(静岡県浜松市)(1/4)

静岡県浜松市にある二俣町では、休日になると多くの若い人たちが通りを歩く光景が見られるといいます。2年ぶりに訪れた今回、まちのキーマン・中谷明史さんに、遠方から人々が訪れるポイントとなっている場所にご案内いただきました。

中谷さんが手掛ける
1日一組限定ホテル

今回訪れた浜松市天竜区二俣町があるのは、最寄駅でいえば天竜浜名湖鉄道の二俣本町駅。地元の人たちからは天浜線と呼ばれ親しまれているローカル線の無人駅です。
その駅舎をリノベーションして、2019年に1日一組限定のホテル「INN MY LIFE」がオープンしました。オーナーは「Kissa&Dining 山ノ舎」と同じく中谷明史さんです。
「学生時代から利用していたこの駅の建物や佇まいが好きで。もともとお蕎麦屋さんが入っていた駅舎の一部が空くことになって、ホテルを作ることにしました。僕は旅行業の免許も持っているので、駅舎のホテルに泊まって、そこから電車に乗ったり駅周辺を歩いたり、まちに出て楽しむ拠点があったらいいと思っていたんです」

ディレクションを依頼したのは、浜松を拠点にSTUDIO CALMという名義で、店舗や家具のデザインを手がける西村紀彦さん。天竜は古くからスギやヒノキなど木材の産地なので、床材に地元のヒノキを使って足触りを柔らかく。パジャマや寝具の一部に浜松の伝統工芸・遠州織物を採用したり。朝食も可能な限り地元の食材を揃え、地域の魅力を体感できるホテルが誕生しました。

真空管アンプやスピーカー、CDプレイヤーに
レコードプレイヤーと、
オーディオ機材が揃う部屋。

宿泊者の会話や時間を大切にできるよう、部屋にはあえてテレビやwi-fiを備えていないのも「INN MY LIFE」ならでは。部屋で地元食材を使った夕食を味わうプランもあるけれど、「散策や夕食に、ガイドにのっていないような、まちの食堂や居酒屋にどんどん突撃していってほしいです。そんな思いから、宿泊者には、天浜線のフリーパスチケットをお渡ししています」と中谷さん。
私もホテルの周辺を少し歩いてみたところ、すぐに気になる食堂を見つけました。近頃は、なにをするにもインターネットの検索に頼りがちだけれど、こうして気ままに歩いたり、電車で移動しながら、その土地で愛されるお店に立ち寄ってみるのも、この時代では貴重な体験です。

「INN MY LIFE」

リネンやパジャマは、肌触りがいいオリジナルの
遠州織物を使用。歴史ある紡績工場との
コラボレーション。

外へも内へも発信をおこなう
アイスクリーム店

2021年に「Kissa&Dining 山ノ舎」でランチのひとときを過ごしたとき、「来週、すぐそこにアイスクリームショップがオープンするんですよ」と、開店準備中の店舗に案内してもらったのが「包(パオ)商店」。そのときは、作業中の店舗をのぞかせてもらった私の方が「オープンまでに間に合いますか?」とハラハラするような未完成の状態だったのですが、2年越しに訪れて、「すてき!」と感嘆の声があがりました。

「包商店」のオーナーは、ホテル「INN MY LIFE」のディレクションを手がけた、家具・空間デザイナーの西村紀彦さん。INN MY LIFEの施工作業で浜松の中心部から二俣に通うようになり、「ここでなにかやりませんか」と、空き物件だった古い旅館を紹介されたそう。そのときすでに、のどかで穏やかな二俣やまちの人々に惹きつけられていたことから、どんな店を開くか具体的な構想もないうちに、場所を借り受けることに。
そんな中、家具の制作を担当する横浜の「青果ミコト屋」が、自家製アイスクリームの製造を始めることになり試食したところ、実においしい。もともと西村さんは、毎日アイスを食べるほどのアイスクリーム好きだったので、二俣で青果ミコト屋のアイスを販売することに。
「最初は、一人でのんびり営業していこうと思っていたら、想像以上に人が来てくれて。オープン時も誰にも言っていなかったのですが、初日からまちの人がきてくれたんです。最近は東京や大阪など、遠方からのお客さんも増えて。さっきも、お客さん同士の交流が始まって。思いがけないことが起こるのがおもしろいですね」と西村さん。アイスクリームショップは木金土日と週4日の営業で、それ以外は今も本業の家具・空間デザイン業を続けています。

アイスクリームショップ「包商店」。
STUDIO CALM名義で店舗や家具の
デザインも手がける、
オーナーの西村紀彦さん(右)。

青果ミコト屋は、日本各地の畑や生産者の元をキャンピングカーで巡り、野菜の魅力を伝えてきたことから、“旅する八百屋”として知られています。そんな中、やむを得ず売れ残ってしまったものや規格外の野菜など、フードロス対策として、添加物を加えず素材の味を生かしたユニークなアイスクリームを作り始めました。
この日ラインナップされていたのも、「いちじくトーフ」「ほおずきミルク」「月桂樹とオリーブオイル」「ビーツ・ヨーグルト」「塩かんきつと甘酒粕」など、どんな味かと気になるものばかり。何時間も店に滞在し、時間をかけて全種類制覇する人もいるそうです。

西村さんは空間デザイナーということもあり、2階客席もある店舗は洗練されながらも個性が光る独特な雰囲気。2階までの吹き抜けにはひょろっと高い本物の木がそびえ、お客さんたちは、その木を囲みながらアイスクリームを味わいます。

店頭ではアイスクリームの販売だけでなく、野菜、焼き芋、ベーグルと、さまざまなポップアップショップが開かれています。
「暖簾に、ICECREAM&CRAFTSと書いているのですが、この先も外部のいろいろな文化を伝えていきたいです。今は帽子の展示をしていますが、陶芸や、ビストロも」。
開店から2年経ち、他地域から人を呼び込むだけでなく、地元の人たちに向けても、食や手仕事とさまざまな文化を広く伝えてくれる場所として親しまれています。

「包商店」

アイスクリームは、「シングル」「ダブル」
「キッズ」「キッズダブル」と選べる。
常時10種類以上、アイスクリームがずらり。
店内の棚には、さまざまな作家の作品が
展示される場として使われている。

MAP

二俣町
静岡県浜松市天竜区
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