自分時間

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土地の息吹を感じる
藤森照信氏の建築を訪ねて
3つのフジモリ茶室へ

November 07. 2023(Tue.)

その土地の自然素材を使い、自由な発想の設計をおこなうことで有名な建築家の藤森照信(てるのぶ)氏。
多くの人を魅了する彼の建築の中でも、藤森氏個人所有の作品、つまり自分の好きなように設計した「フジモリ茶室」を訪ねた。

宙吊りの茶室「空飛ぶ泥舟」。

3つのフジモリ茶室と
諏訪大社前宮をめぐる

今回の旅先は、長野県の諏訪地域。藤森氏が手がけた、茅野市にある3つのフジモリ茶室、「空飛ぶ泥舟」、「高過庵(たかすぎあん)」、「低過庵(ひくすぎあん)」。藤森氏が生まれ育った諏訪のまちと、諏訪大社前宮(まえみや)を訪ねた。

訪ねたのは秋で、ちょうどコスモスが咲き始めていた。

北側に市街地、南に守屋山を望む場所にフジモリ茶室はある。住宅街を抜けると「空飛ぶ泥舟」が現れた。

はしごをかけてもらい、高さ3.5mの茶室へ登る。

「空飛ぶ泥舟」がつくられたのは、2010年。フジモリ茶室としては2作目だ。企画展『藤森照信展』のために設計され、市民とのワークショップで制作。
企画展が終わった翌年に、現在の場所である、藤森氏の畑に移築された。諏訪湖で用いられる小さな漁船「泥舟」が名前の由来だ。船を2つ上下に合わせたような形になっている。

建物の構造はハンモックと同じく、吊り構造になっている。中へ入り窓の外を見渡すと、まるで空を飛んでいるかのような心地に。
茶室なので、炉と一輪挿しが置かれている。

中央にテーブルがあり、囲むように座ることができる。
窓の外には諏訪のまち並みが広がる。

中央にテーブルがあり、囲むように座ることができる。
窓の外には諏訪のまち並みが広がる。

中央にテーブルがあり、囲むように座ることができる。
窓の外には諏訪のまち並みが広がる。

「高過庵」は2004年に完成。

「空飛ぶ泥舟」の近くに、高さ6mの「高過庵」と、半地下の「低過庵」がある。
「高過庵」は藤森氏が個人的につくった最初の茶室で「空飛ぶ泥舟」よりも先につくられた。制作のきっかけは、第79代内閣総理大臣である細川護熙氏の茶室を手掛けた時に、「自分の茶室がない」という惜しい気持ちに駆られたからだそう。

完成した2004年は諏訪大社の御柱祭(おんばしらさい)の年で、友人を招き、お茶を飲みながら「御柱祭」をみたいとの思いがあったそうだ。

近くに生育していた栗の木を利用。
その土地の 自然素材を使うのは、藤森氏の作品の特徴だ。

2つのはしごを登って木の上の茶室へ。少しの揺れを感じながら、ゆっくりと足を運ぶ。
2本の木だけで支えられている様子は、見れば見るほど不思議。かつて『TIME』誌の「世界でもっとも危険な建物トップ10」にも選ばれ、その名を世界中に轟かせたそうだ。そんな「高過庵」は、2023年で築19年となる。

ここにも炉は欠かせない。藤森氏が利用するときは
自ら水を木の上の茶室まで運ぶという。

茶室らしい小さな入口から中へ入ると、白い壁に覆われた空間が広がっていた。空間自体が多角形になっているのは、「正面をつくりたくなかった」という理由からだそう。

大きな窓を開けると、風が通ってとても心地よい。時間を忘れてずっと居たくなってしまう。高床式住居のようなつくりなので、夏は涼しく快適だという。

制作した当時は周りの木々が少なく、
今よりも見晴らしがよかったそうだ。

制作した当時は周りの木々が少なく、
今よりも見晴らしがよかったそうだ。

制作した当時は周りの木々が少なく、
今よりも見晴らしがよかったそうだ。

制作した当時は周りの木々が少なく、
今よりも見晴らしがよかったそうだ。

「低過庵」が完成したのは2017年。

はしごをおりて「高過庵」を後にし、次に「低過庵」へ。
「低過庵」も市民が参加したワークショップで制作した作品だ。参加者とともに、銅板を曲げて屋根材にしたり、近くに生えた木を切って木材にしたりしてつくられた。

半地下ならではの暗い内観。

まるで竪穴式住居のようなつくり。中に入ると薄暗く、それがどこか落ち着きを感じる。戸を閉めると外の音が遮断され、外界から閉ざされた空間になる。

ろうそく台は去年から置かれた。
藤森氏が瞑想するときに使うとのこと。

「土の中から空が見たい」との思いから開閉式の屋根に。制作当時は周りの木々が見えず、空だけが広がっていた。藤森氏はここからの景色を見て、「人間って小さい」と感じたという。「高過庵」の制作時から、「低過庵」の構想はできていたそうだ。

屋根には車輪が付いていて、人力でスライドさせて開閉が
できる。屋根を開けると「高過庵」が見えた。

屋根には車輪が付いていて、人力でスライドさせて開閉が
できる。屋根を開けると「高過庵」が見えた。

屋根には車輪が付いていて、人力でスライドさせて開閉が
できる。屋根を開けると「高過庵」が見えた。

屋根には車輪が付いていて、人力でスライドさせて開閉が
できる。屋根を開けると「高過庵」が見えた。

土器が多く出土し、黒曜石が多く採掘されるこの地域は、縄文時代と色濃くゆかりがある。
そんな土地の歴史と風土の影響を受けた藤森氏は、幼い頃、縄文時代の道具で家をつくってみたいと夢見たそうだ。
そんな彼による建築は、想像上のものが実際に出現したような、不思議で遊び心のある空間だ。

その土地の自然素材をその形のまま使い、その土地の人と一緒につくる。藤森氏の建築の面白さの一つは、深い地域性や土着的な面にあるのではないだろうか。

前宮の入り口。
眩しい陽光が差し込んでいた。

フジモリ茶室のすぐ近くに、御柱祭で有名な諏訪大社がある。
3つの茶室は、いずれも御柱祭の年につくられた。この土地で生まれ育った藤森氏にとって、諏訪信仰は設計の根底にあるはず。そう思い、諏訪大社上社前宮にも足を運んだ。

“諏訪大明神”と親しまれ、崇敬されている由緒正しい神社。諏訪湖を挟んで北に下社、南に上社があり、上社には前宮と本宮がある。
中でもここ前宮は、諏訪大明神が最初に居を構えた地として有名だ。

上社前宮の本殿は素朴で趣があり、
自然と調和している。

石段を登り、森の茂みの中から現れた上社前宮。ここが諏訪信仰発祥の地と伝えられている。
この場所に上社前宮が開創された当時は、諏訪湖に面していたそうだ。現在は諏訪湖から約6km離れた山の中腹に位置している。

ご神域の四隅に建つ御柱。個体差はあるが、
長さ約19m、直径約1m、重さ約7.5tあるそう。

ご神域の四隅に建つ御柱。個体差はあるが、
長さ約19m、直径約1m、重さ約7.5tあるそう。

ご神域の四隅に建つ御柱。個体差はあるが、
長さ約19m、直径約1m、重さ約7.5tあるそう。

本殿を取り囲むように4本の御柱がそびえ、上下あわせて4社に4本ずつ、計16本の柱が建てられている。
有名な御柱祭は7年ごと、寅と申の年におこなわれ、その際に建て替えられる。

諏訪大社
https://suwataisha.or.jp/

諏訪湖とまちの風景。

諏訪大社を参拝した後、上諏訪駅周辺のまちを散策。諏訪湖や霧ヶ峰など自然が多く、また諏訪大社や諏訪高島城など、歴史の深いエリアだ。

上諏訪駅の周辺。

フジモリ茶室とそのルーツとなる諏訪信仰にも触れた建築旅。
フジモリ茶室は現在も藤森氏が友人を招いたり、自分の時間を過ごすために利用しており、一般の見学は限られている。
観光地として広く間口を構えず、藤森氏が自分の好きな場所を、自分が好きなように使える場所だからこそ、建築・空間の魅力にあふれているのではないだろうか。

MAP

フジモリ茶室(空飛ぶ泥舟/高過庵/低過庵)
長野県茅野市宮川389-1

ちの旅案内所
電話番号:0266-73-8550
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