甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

東京・調布の人気雑貨店が
松本に出店した理由とは?
浅間温泉(長野県松本市)

September 09. 2024(Mon.)

長野県松本市、市街から車で約20分ほどの温泉街「浅間温泉」は、豊かな自然を感じられる安曇野や上高地へ向かうのにも便利な場所。1,300年以上湧き続ける名湯は松本城主が通ったことでも知られており、竹久夢二、若山牧水、与謝野晶子などの文人墨客にも愛されてきました。
そんな歴史ある温泉街に、2022年7月にオープンした雑貨とカフェの店「手紙舎 文箱(ふばこ)」。
東京を拠点とする手紙社が、松本という土地に店舗を構えた経緯を、代表の北島勲さんに伺いました。

東京・調布を拠点にしながら
ローカルに寄り添うその心

カフェ・雑貨店・書店・ギャラリー・ビール醸造所などの店舗運営や、「東京蚤の市」「紙博」といった人気イベントを主催する手紙社の創始者・北島勲さんと妻・洋子さんは、もともと雑誌の編集者。私が初めて二人と出会ったのは、15年以上前のとある書籍の企画でした。その頃からすでに二人は、さまざまなジャンルのクリエイターを集めた「もみじ市」という独自のイベントを開催しており、私も出店者として声をかけてもらったことで、ぐっと距離が縮まりました。
当時の手紙社は東京・調布の昔ながらの団地の一角に拠点を作り、カフェ・ギャラリー・編集プロダクションを始めたばかり。そこで「おやつ」がテーマのイベントを企画したり、夜な夜な仲間内で集まって映像配信をおこなったりと、振り返ると“おとなの青春“といえるような、濃密な時間をともに過ごしました。

そうこうするうちに、手紙社が主催する「東京蚤の市」や「紙博」といったイベントはみるみる規模が大きくなり、全国各地を巡行するように。東京都調布市を中心に店舗の数も増え、今では長野県松本市や群馬県前橋市といった地方にも拠点を構えています。

群馬県伊勢崎市生まれの北島さん。
映像制作、 広告業を経て、雑誌『自休自足』などの編集長に。
2008年に独立して手紙社を設立。

手紙社がユニークなのは、ひとところにとどまらず、さまざまな場所へ飛び出していくところ。それというのも北島さん夫婦や手紙社のスタッフが、全国各地のクリエイターと、深い付き合いを続けてきたことが基盤になっています。イラストレーター・陶芸家・料理人・テキスタイルデザイナー・建築家・ミュージシャン・店主……。ジャンルも拠点も異なるつくり手たちを訪ねたり呼び寄せたり。語らい、取材し、ともにひとつのイベントを築くことで信頼関係が生まれます。

「やっぱり人との繋がりで何かが始まることが多いですね」と代表の北島さん。
「以前から手紙社の“ローカル化”ということをスタッフに伝えていました。オンライン化が進んだとはいえ、その土地でないと知り合えない、あるいはコミュニケーションが取れない人たちがいるのです」
全国の作家の方々との繋がりが生命線の手紙社にとって、外に出ていくことはその地で活動する方々と出会うチャンスを生むことでもあるのです。

「例えばこの場所『手紙舎 文箱』だったら、松本という山に近い土地だから展示がしたいという山好きのつくり手もいる。お客さまからすると、普段は会えない作家や作品が地元に来てくれて嬉しい。手紙社のスタッフも地方にある店にときどき赴いたり、地方に仲間ができたりすると楽しく働ける。東京のスタッフにとってもいい刺激にもなっているんです。地方でやることで作家との繋がりづくりはもちろん、社員の仕事の幅の広がりややりがいの向上にもなり、いい作用が起きています」

働く人も足を運ぶ人も、運営者も作家も。携わるみんなが心地よく歩んでいけるように。私が出会った頃から一貫して、北島さんが語り、大事にしていることです。

文箱には、山にちなんだ作品や、地元・長野を
テーマにした商品が並ぶコーナーが。

郵便局のお隣にある
元銀行のユニーク物件

さて、「手紙舎 文箱」が浅間温泉に出店することになった経緯について、北島さんに伺いました。

江戸時代には松本城主が通っていたという浅間温泉。明治時代には、竹久夢二、与謝野晶子、若山牧水ら多くの文人墨客が愛した歴史ある温泉街です。
2022年7月、手紙社が約30年前までは銀行だった建物をリノベーションして新たな店舗をつくったと聞いて以来、訪れてみたい場所の筆頭にありました。

「手紙舎 文箱」という店舗名は、すぐ隣に浅間温泉郵便局があること、ポストカードなどの紙もの雑貨を中心に取り扱うこと、”手紙社“が運営する店舗であることが由来となっています。
雑誌編集やイベントを通して日本中いろいろな場所に足を運んできた北島さん。新店の出店先に、なぜ浅間温泉を選んだのでしょう?

「2020年頃、雑誌『自遊人(じゆうじん)』の編集長で、新潟『里山十帖』や神奈川『箱根本箱』などのホテルを運営する岩佐十良(とおる)さんが、この浅間温泉で『松本十帖』というプロジェクトを手がけていました。松本十帖とは、自遊人がおこなう江戸時代創業の老舗旅館の再生事業の総称で、ホテルを中心にブックストア、カフェなどをつくり浅間温泉エリア一体を活性化しようというものです。岩佐さんとは20年以上前に出会い、数年間一緒に雑誌をつくったことがあるんです。それからしばらく会わない時期がありましたが、その間、彼は雑誌編集からホテル経営がメインになり、僕も手紙社をつくり、雑誌編集からイベントや店舗経営がメインになって。そうして再会を果たし、新潟の『里山十帖』で手紙社のフェアをさせてもらったこともあります。岩佐さんが松本への進出を決める際、『手紙社も一緒に松本を盛り上げてくれないか』と声をかけていただいたんです」

浅間温泉の温泉街入口にある昔ながらのゲート。
ノスタルジックな風景になじむデザイン。

そこから実際にオープンする2022年までに、さまざまな出来事がありましたが、事が大きく動いたのは、現在店舗を構える物件との出会いでした。約30年前までは銀行として使われていた建物で、浅間温泉の入口となるバス停のすぐ目の前という好立地。外観を見ただけで気に入った北島さんは、岩佐さんをはじめとする仲間の手を借りながら、無事に店を始めることができました。

浅間温泉は明治時代に文士が集っただけでなく、昭和の時代も、民藝作家や、手塚治虫、やなせたかし、長新太などの漫画家や絵本作家が足を運んでいたそう。そんな文化の香りが根付く地に「手紙舎 文箱」のような店舗はとても相性が良いと感じます。

物件の隣は郵便局で、オリジナルの風景印もあります。文箱でポストカードを選び、手紙を書いて、隣の郵便局から投函する。こんなふうに、温泉街でゆったり過ごす時間の提案にもなります。

「松本十帖を目指してここにやってきた方に、『手紙舎 文箱』にも立ち寄ってもらう。同じまちに立ち寄りたい場所が、1軒より2軒、2軒より3軒とあった方が楽しい」(北島さん)

松本はもともと、カフェ文化や、民芸運動やクラフトフェアなどのものづくりカルチャーが根付くまち。「手紙舎 文箱」は地元の人にも旅人にも歓迎されて、昔ながらの温泉街にあらたな賑わいをもたらしています。


手紙社
https://tegamisha.com//

「手紙舎 文箱」の外観。1階は雑貨と喫茶。
2階はオリジナルペーパーなどが並ぶ紙マルシェ。

MAP

浅間温泉
長野県松本市
上部へ戻る