中部地域の注目パーソンにインタビュー!
チョコレートづくりは
人の時間軸に合わせてくれる
久遠(くおん)チョコレート
代表 夏目浩次
(2/4)
October 15. 2024(Tue.)
余計な油を加えないピュアチョコレートをベースに上質な食材、各地の名産をかけ合わせたチョコレートで人気の「久遠チョコレート」。2014年の設立からわずか10年で全国60拠点のブランドへと成長させたのが、代表の夏目浩次(なつめひろつぐ)さんだ。
現代に生きづらさを抱える障がい者やひきこもり歴のある人たち、子育て中のママさんなどを積極的に雇用し、「凸凹ある誰もが活躍し、稼げる社会」を目標に掲げた経営をおこなう。その唯一無二のチョコレートづくりは、大きな話題を集めている。
第2回目の今回は、久遠チョコレートの立ち上げと運営について語ってもらった。
ー前回の記事はこちら
チョコレートで、あらゆる人たちの未来に幸せを 久遠(くおん)チョコレート 代表 夏目浩次(1/4)
トップショコラティエ
野口和男さんと出会う
パン工房の経営のさなかも、活動の場所や環境をもっと広げられないか、そのヒントを探すため各地の異業種交流会に足を運んでいた夏目さん。そんな中、ある知人から「会わせたい人がいる」と紹介されたのが、トップショコラティエの一人、野口和男さんだった。
実は夏目さんは、チョコレートに可能性を感じていた。
チョコレートは、パンに比べて単価が高く、時間給を上げやすい。パンは焼き上がるまでに数時間かかるが、チョコレートは60分ほどで仕上げることも可能だ。
夏目さんは「障がいをもつ人たちがチョコレートをつくり、ちゃんとビジネスとして成り立つ場所をつくりたい」と自身の考えを野口さんに語った。
その思いに賛同した野口さん。「チョコレートづくりの工程を細かく分けて、それぞれが自分の担当工程を極めることで素人でも美味しいチョコレートはつくれる」と語った。この言葉が夏目さんの心に響いた。
「つまり、ひとりが一から十までできる必要がないということ。多様な人たちの集まりでも、それぞれができることや得意な分野で役割を担えば、美味しくつくることができる。これだ!と思いました」
後日、野口さんの工房を訪れ、夏目さんは改めて感じた。「チョコレートは、人の側の時間軸に合わせてくれる」。
チョコレートは、冷やして固めても、また温めて溶かせばやり直しができる。何度でもやり直せるチョコレートづくりは、障がいをもつ者の仕事に、まさにうってつけだった。
百貨店の催事で大失態
期間中ずっと欠品?!
2014年、縁あって京都に1号店をフランチャイズとしてオープンすることになった。
通常は、直営店があってフランチャイズ展開されるものだが、京都のNPO法人から声がかかり、まず最初にフランチャイズ店が始動することとなったのだ。
“遠い過去と未来”“脈々と続くもの”といった意味の「久遠」という言葉を用いて、ブランド名は「久遠チョコレート」に決まった。
久遠チョコレートでは、働く多様で凸凹な人たちを「バディ」と呼ぶ。彼らがイキイキと働くことは、カカオやトッピングの食材によっていくつものバリエーションを生み出せるチョコレートと、どこか重なる。そして多彩なチョコレートを気軽に楽しんでもらいたいと、「デイリー&カジュアル」をブランドコンセプトに掲げた。
追って2016年に豊橋本店がオープン。その後、全国各地に展開する注目ブランドへと成長していくのだが、当初は失敗の連続だった。
フランチャイズ店は増えていったが、商品を供給するための直営店の生産体制が整わない。棚に並べる商品がないといった事態が度々起こっていた。
また2017年には、阪急百貨店うめだ本店の「バレンタインチョコレート博覧会」に出店。この時にも、供給体制の甘さから催事が始まって1週間で、陳列棚が空っぽの状態に。1カ月間の催事の期間中、ほとんど欠品が続くという大失態を犯したのである。
欠品トラブルの理由は、明白だった。経験不足と生産状況の把握ができていないことだ。
バディの中でお菓子づくりの経験者は1割未満。夏目さん自身もチョコレートづくりのプロではない。そのため、工程のどこかでミスが発生すれば、すぐに歯車が狂って修復が効かなくなる。
加えて、久遠チョコレートでは、段取りや報連相(報告・連絡・相談)が苦手なタイプの人も大勢働いている。
夏目さんは考えた結果、こちらから声を掛けることを仕組み化することにした。チェック項目を洗い出し、常に現状確認をおこなうようにしたのである。これにより、ミスやエラーの早期発見と対応が可能となった。
自社工房「パウダーラボ」
誕生
久遠チョコレートがメディアで取り上げ始められるようになった頃、全国の福祉業界から「障がいが軽度の人ばかりを選んで雇っている」と批判が寄せられるようになった。もちろん、障がいの程度を理由に採用を判断していたわけではないが、この声を受けて奮起した夏目さんは2021年、「パウダーラボ」を新たに開設した。
重度の障がいをもつ人たちが「稼げる仕事」を考えるなかで、チョコレートづくりの中にある「モノを壊す工程」に着目。これまで外注していた茶葉や果実などをパウダーにする作業をパウダーラボで内製化することで、活躍の場をつくったのである。
そうしてスタートした工房「パウダーラボ」。しかしバディの一人に、意思に反して体を揺さぶったり地面を強く踏んだりしてしまう運動チックが起こるトゥレット症の症状があったため、建物の2階にあったパウダーラボでは階下に音が響いてしまい、苦情が発生。本人の作業が困難になった。
そこで夏目さんは思い切った。また別の物件の1階に「パウダーラボ・セカンド」を開設することで、前出のバディの働く場所を生み出したのだ。ここは、パウダーラボで「壊す」作業を覚えたバディが、今度は「つくる」作業をおこなうステップアップの場所と位置づけた。
また、チョコレートのパッケージデザインにバディたちが描いたアートを採用した。彼らのアートに包まれた商品「タブレット」はカラフルな包装が人気を得て、販売数も上がった。
人に合わせて組織を変える
従業員の6割は、障がいをもつ人たちだ。それ以外にも、さまざまな背景のある人たちが「働きたい」と集まってくる。
例えば、子育て中のママさんたち。子育て以外の限られた時間の中で、少しでも社会とつながっていたいという彼女たちの思いを受け入れる場所は少なかった。夏目さんは、開業当初から積極的に時間に制約のある彼女たちを採用し、働きやすい環境や仕組みを整えてきた。
久遠チョコレートがスタートして時間が経つほどに、何らかの障がいから「働けない」「稼げない」という問題を抱える人が多いことに気付かされた。こうした気付きを得て以降、多様な事情を抱えた人たちを受け入れる仕組みづくりを実践してきた夏目さん。基本的なスタンスは、困りごとに直面したとしても、「できない」と嘆くのではなく、「どうしたらできるか」をとことん考えることだ。
「人が組織に合わせるのではなく、人に合わせて組織を変える選択をするのが久遠チョコレートです」
プロフィール
- 久遠チョコレート 代表
- 夏目浩次(なつめひろつぐ)
- 愛知県豊橋市生まれ。2003年、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱却を目的とするパン工房「花園パン工房ラ・バルカ」を開業。その後、より多くの雇用を生み出すため、2014年、久遠チョコレートを立ち上げる。これまでの奮闘を描いたドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』(東海テレビ)が話題に。2024年2月には初の自叙伝『温めれば、何度だってやり直せる』(講談社)を上梓した。
- 久遠チョコレート
- 2014年の立ち上げから10年で全国60拠点まで拡大を続けるチョコレートブランド。「デイリー&カジュアル」をコンセプトに、世界各地のカカオや国内の食材から上質な材料を厳選。高いクオリティを手頃な価格で楽しめる商品づくりで人気を博す。2022年11月には、岐阜県出身であるシェ・シバタの柴田 武シェフとのブランド「ABCDEFG」を発表。今後も異業種とのコラボ企画などを積極的に展開していく予定だ。