ダイナミックな染色模様は
無限の制作意欲から生まれる
染色家 山内武志

静岡県浜松市にある工房では、天気が良いと庭先で反物を干す山内さんの姿がある。一面に並ぶ反物には、いずれも大胆な構図が描かれ、太陽の強い光にも負けないオーラを発している。
山内さんの作品には、型紙を使って刷毛で染めていく型染めや、布の一部を縛って染める絞り染めなどの技法が用いられる。いずれも日本の古くからの染色技術だが、特に型染めについては、山内さんが師事した芹沢銈介が専門としていたものだ。
芹沢銈介は、型染めの第一人者として、没後の今も現代作家に大きな影響を与えており、静岡市にある静岡市立芹沢銈介美術館には多くのファンが訪れている。

芹沢が「型絵染」の重要無形文化財保持者に認定され、人間国宝になったのは1956年。山内さんはちょうどその年に芹沢の下で修業に入った。18歳の時だった。
もともと浜松市内の染物屋の家に生まれ、染色は身近にあったという。

「私が芹沢先生のところに行ったのは、工業高校を卒業したばかりの時でした。実家はよろず染物屋みたいなことをやっておりまして、兄は大学工業部を出て化学系のメーカーに勤務していましたので、私は染めを学ぼうということになりました」

戦後の布不足の時、和紙の型染めでつくられた芹沢染紙研究所のカレンダーが人気を博していた。山内さんはそのカレンダーの仕事にも携わり、芹沢の仕事を間近で見て吸収し、感性を育んでいったという。

「研究所の仕事が終わったら、工房を自由に使わせてもらえたんです。時々、芹沢先生が見にきてくれて、意見をいただいたことが懐かしいです」と目をキラキラと輝かせながら、山内さんは語ってくれた。

工房を離れ浜松に帰省し一年ほどたった頃のこと。師より山内さんのもとに1枚の葉書が届いたことがあった。「君は今、何をしていますか？」とたった１行だけ書かれたもので、その意図するところは未だに山内さんもわからないという。芹沢銈介には、そういうチャーミングな一面があるらしい。山内さんはほかにもいくつかのエピソードを話してくれた。

「ある時、『僕は君を思わない日はない』と言われたことがありました。『そうですね』と言っておけばよかったのか、今でもわかりません（笑）。突拍子もないことを言っては、相手の反応を見て楽しんでいるようなところが、芹沢先生にはありました」

染めた作品が思ったように仕上がらず、言い訳をしたこともあった。すると「失敗したものにしか見るところはないよ」と言われたという。それは失敗しても気にするなというメッセージだったのだろうか。どの言葉も謎だらけではあるが、山内さんに対する愛に溢れているということだけは間違いない。

師のことを話す時、山内さんは心なしか姿勢を正すような仕草をする。亡くなった後もずっと師を思い、受けた恩恵を忘れずに仕事に取り組んでいるのだろう。

日本民藝館賞を受賞したことがある山内さん。
「民芸とは、と語るのはおこがましいですが、現代のものでも民芸と呼んでいいものはあると思います。けれど、私がつくるものは雑貨です。自分のものは何もない、技術も考え方も何もかもがただ先人から受け継いで染め継いでいるだけなんです」
そう語る眼差しは、おごることなく実直に作品と向き合い続けた人のものだった。

“文盲の人も無学の人も、材料に素直につくって、用に則していれば良いものになる”という柳宗悦の言葉がある。
「民芸とは？と問われたら、そう答えるでしょうか」

そして、布が面白くて仕方がないのだという。
工房に山のように積まれた布は、すべて山内さんが世界中から取り寄せたもの。
「私が染めることで、布の材料よりも価値が上がらないと意味がない。だからこの布にどんな模様を描こうか、どう展開したら布が生きるか、ということを考えていると本当に楽しい」と少年のような笑顔で話してくれた。山内さんのキャリアをもってしてもなお「楽しくて仕方がない」という制作意欲こそ、山内さんの民芸なのである。