
中部地域の注目パーソンにインタビュー!
「銭湯を日本から消さない」
継業で紡ぐ古き良き銭湯文化
「ゆとなみ社」代表
湊 三次郎さん
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February 04. 2026(Wed.)
かつては、まちの風景として当たり前にあり、人々の暮らしに欠かせない存在であった銭湯。住宅の風呂の普及やライフスタイルの変化、後継者の不在などさまざまな要因が重なり、日本の銭湯は減少の一途を辿っている。そんな状況に待ったをかけるのが、静岡県浜松市出身で、「ゆとなみ社」の代表として京都を拠点に活動する湊 三次郎さん。
後継者が不在となった銭湯を事業として継承し、若い感性を取り入れ新たな集いの場を創出している。合言葉は「銭湯を日本から消さない」。そんな湊さんに、ゆとなみ社の取り組みや今後の展開などについて話を伺った。
第1回目となる今回は、学生時代に銭湯の魅力に心奪われた湊さんが、京都市の「サウナの梅湯」を継業するまでの道のりを振り返ってもらった。
取材・撮影地:源湯(京都府京都市)
https://yutonamisha.com/sento/minamotoyu/
https://www.instagram.com/minamoto_yu/


進学した大学で
銭湯サークルを立ち上げ
―湊さんは静岡県浜松市のご出身と伺っていますが、浜松にお住まいの頃から銭湯に興味をお持ちだったのでしょうか?
いえ、まったくと言っていいほど銭湯に注目していなかったですね。ただ、今思えば浜松市内でも田園に囲まれた歴史を感じられるまちで育ちましたので、「新しいもの」よりも「昔から続いているもの」に興味を持っていた部分はあるかもしれません。
―京都市内の大学に進学されて銭湯サークルを立ち上げられます。銭湯の魅力に気付いたきっかけは何だったのでしょうか?
京都には昔ながらの銭湯が未だに多く残っています。学生時代の住まいの近所に10軒ほど銭湯があって、単純にそれらをめぐるのが楽しかったんです。昔ながらの生活の営みが脈々と受け継がれていて、銭湯という商売が成り立っていることに素晴らしさを感じましたね。
―学生時代に訪れた銭湯のなかで、印象深かった銭湯はありますか?
サークルでは、全国の銭湯をめぐりました。中でも三重県伊賀市の「一乃湯」は印象的でしたね。現在は、弊社が運営する銭湯の一軒となっていますが、その当時は、もちろん自分が継承することになるとは思っていませんでした。
初めて伊賀市を訪れた際、宿を決めておらず野宿も覚悟していたのですが、オーナーの中森秀治さんのご厚意で脱衣場に泊めていただきました。そこで銭湯談義に花を咲かせたのは、よい思い出です。
―当時の湊さんの目に一乃湯はどのように映りましたか?
中森さんは一乃湯を先代から引き継いだばかりで、試行錯誤されていた時期だったと思います。きちんとディレクションされたリーフレットをつくって、シャンプーやリンスはご自身がセレクトしたものを置き、オリジナルグッズも販売する。当時の銭湯としてはかなり先を進んでいて「銭湯のある暮らし」を魅力的に提案している印象を受けました。僕も学生ながら「ほかの銭湯も、同じようにすればいいのに」と思っていました。だから、ゆとなみ社の活動の源流は一乃湯にあると言っても過言ではないですね。


運営する京都市の「源湯(みなもとゆ)」でお話を伺った。
アパレル業界で勤めた後
老舗銭湯を受け継ぐことに
―学生時代から銭湯に関わる仕事をしたいとお考えだったんですか?
「いつかは銭湯を自分で経営できたらいいな」と漠然と思ってはいました。
実は進路についていろいろ考えていた時期に、名古屋市南区の「七福湯」のご主人・貝谷さんから「一度は会社勤めを経たほうがいいよ」というアドバイスをいただきまして。銭湯は家族経営が多いので、社会に出た経験がないまま家業を継がれている方がほとんどです。貝谷さんはサラリーマン出身だったので、「視野を広くしたほうがいい」との意味合いでアドバイスをしてくれたのでしょう。就職活動はほとんどしなかったのですが、たまたま内定したアパレル会社に一旦は就職することになりました。
―そうして一度企業で勤められた後、今や全国的にも知られるようになった京都市の「サウナの梅湯」を2015年に継業されます。どのような経緯だったのでしょうか?
学生時代に梅湯でアルバイトしていたのですが、借りている方が撤退すると聞きまして。僕は僕で、アパレルの仕事が長続きせず、退社することになっていました。何かしらのカタチで銭湯に携わりたいと思っていた時期でしたので、ちょうどタイミングが合ったんです。


―銭湯経営の経験がないまま梅湯を継承したのですね?
そういうことになります。ただ、アパレル会社を退職して梅湯を引き継ぐまでの合間に、先ほどの名古屋市の七福湯で、1カ月ほど働く機会がありました。ご主人が体調を崩され入院されることになってしまい、僕にお声をかけていただいたんです。これまではアルバイト経験しかなかったので、このときに「店を自分で回す」経験ができたのは大きかったですね。
―名古屋にも深い縁をお持ちだったんですね。しかし、集客的にも下降気味の梅湯を継承するというのは、かなりリスクを伴うことだったのでは?
当時はまだ24歳だったので、あまり理解していなかったのが実際のところです。とりあえず、3年やってみようと。ダメだったら、ジョブチェンジしてもなんとかなる年齢でしたし、うまくいったら「閉業していく銭湯をどんどん復活させられるのでは?」と期待と根拠のない自信を抱いていました。


プロフィール
- ゆとなみ社 代表
- 湊 三次郎(みなと さんじろう)
- 静岡県浜松市生まれ。京都の大学へ進学し銭湯サークルを立ち上げる。全国の銭湯をめぐり、店主らと交流を深める。訪れた銭湯の数は、通算で700軒以上。大学卒業後アパレル会社に就職した後、2015年に京都市の「サウナの梅湯」を継業。2021年に銭湯継業の専門集団「ゆとなみ社」を設立し、後継者不足などに悩む銭湯の再建を次々と果たす。


- ゆとなみ社
- 「銭湯を日本から消さない」をモットーに銭湯の継業をおこなう。「サウナの梅湯」「源湯」がある京都府をはじめ、大阪府・兵庫県・滋賀県の近畿圏で計8店舗、中部地域には、愛知県豊橋市の「人蔘湯」、三重県伊賀市の「一乃湯」があり、合計で10店舗の銭湯を運営(2025年12月現在)。社名は「私たちが湯を営む(経営)」「湯と人々の営み(生活)」から名付けられた。
(写真は「サウナの梅湯」)
Instagram
https://www.instagram.com/yutonamisha/





