
中部地域の注目パーソンにインタビュー!
地道なPRと遊び心で
銭湯再生に挑む
「ゆとなみ社」代表
湊 三次郎さん
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February 05. 2026(Thu.)
かつては、まちの風景として当たり前にあり、人々の暮らしに欠かせない存在であった銭湯。住宅の風呂の普及やライフスタイルの変化、後継者の不在などさまざまな要因が重なり、日本の銭湯は減少の一途を辿っている。そんな状況に待ったをかけるのが、静岡県浜松市出身で、「ゆとなみ社」の代表として京都を拠点に活動する湊 三次郎さん。
後継者が不在となった銭湯を事業として継承し、若い感性を取り入れ新たな集いの場を創出している。合言葉は「銭湯を日本から消さない」。そんな湊さんに「ゆとなみ社」の取り組みや今後の展開などについて話を伺った。
第2回は、苦労を重ねつつも京都市の「サウナの梅湯」を軌道に乗せ、複数の銭湯の運営に乗り出すまでのストーリーについて訊ねた。
取材・撮影地:源湯(京都府京都市)
https://yutonamisha.com/sento/minamotoyu/
https://www.instagram.com/minamoto_yu/
ー前回までの記事はこちら
「銭湯を日本から消さない」継業で紡ぐ古き良き銭湯文化「ゆとなみ社」代表 湊 三次郎さん(1/3)


地道かつ巧みなメディア戦略で
「サウナの梅湯」を軌道に乗せる
―今や全国的に有名となった京都市の「サウナの梅湯」を若くして継承されたわけですが、ご苦労も多かったのではないでしょうか?
アパレル業界に数カ月間身を置いていただけの若造が、「傾きかけた銭湯を立て直す」といったプロの経営者でも難しい課題に挑むわけですから、それはそれは大変でした。
そもそも梅湯があるエリアは、今でこそ好立地と言える場所なんですが、もともと遊郭があった地区で、受け継いだ当初は、お世辞にも治安がいい場所とは言いがたかったんです。日々の運営だけでもいっぱいいっぱいだったのに、トラブルもありましたし、僕自身が叱責を受けることもありました。「この先どうなるんだろう」と不安に思いながら過ごしていましたね。


―それでもその後、軌道に乗ることになる要因はどのあたりにあったのですか?
僕の銭湯好きをもともと知ってくださる方から、応援をいただいたのは大きかったですね。あとは、近所へのポスティングやSNSを活用するなどの地道なPRです。そして「古い銭湯を若者が継承する」ストーリーで注目してもらい、各メディアからの取材依頼も多くいただきました。それらも積極的にお受けし、露出を増やす努力をしていました。
ひと昔前までの銭湯は、浴室を掃除して、暖簾を掲げて、番台に座っていれば成立した商売でした。でも、その感覚でずっと続けていたら、客足が鈍ってしまうのも当然です。
―徐々に従業員も増えてきたと伺いましたが、それだけ湊さんの想いに賛同する若者が多かったということでしょうか?
そうですね。お客さまのなかからスカウトしたりとか、スタッフが先輩や後輩を連れてきたりとかが多いですね。「なんかおもろいことやってる同世代がいるぞ」といった感じで、自然に集まってきました。




新聞に目を通すのも楽しい時間。


ゆとなみ社系列の銭湯の名物。
培ったノウハウを活かし
他店舗の再生へ
―梅湯を軌道に乗せたところで2店舗目となる滋賀県大津市の「都湯」を継業されます。
※現在、都湯はゆとなみ社から独立しています。
梅湯で培ったノウハウがほかでも活きるのか試してみたいと考えていました。そうこうしているうちにも、銭湯の数はどんどん減ってきていたので、「梅湯だけ経営していても仕方がない」との思いもありました。そんななか、後継者がいないまま2年間閉まっていた「都湯」を継承させていただけることになったんです。
―その後、関西エリアのみならず愛知県豊橋市の「人蔘湯(にんじんゆ)」など、さまざまな地域の銭湯の再生を担うことになりますね。
人蔘湯の閉業は、銭湯ファン界隈ではちょっとしたニュースでした。設備の面で困っていると小耳にはさんでいて、「助けになれるのであれば行きたい」と思っていた矢先に閉業が決まったんです。「自分がもっと早く動いていれば」と自責の念に駆られまして…。遅ればせながら、豊橋市出身のスタッフと一緒に人蔘湯を訪れました。
―豊橋市といいますと、湊さんのお生まれの浜松市とも近いですよね。
そうですね。学生時代に豊橋市へ赴いたときは、6軒ほどの銭湯があったと記憶しています。でも、ゆとなみ社の代表として訪れた際は人蔘湯を含めてたったの2軒しか残っていなかったんです。この地域から銭湯文化が消えてしまうかもしれない…。そんな危機感がありましたね。
設備を見せていただいたら、確かに傷んでいて修繕するのは大変そうではあったのですが、ある程度投資が叶えばなんとかなるのでは感じました。女将に「もし、復活できるとしたらいかがですか?」と訊ねてみたところ、「ぜひ再開したいです」と。設備のトラブルで急遽閉業せざるを得なくなって、悔いが残っていたのだと思います。
人蔘湯 Instagram
https://www.instagram.com/ninjinyu2021/
(人蔘湯・奥村店長にご登場いただき、銭湯のいろはをお聞きした「おとなの相談室」もぜひご覧ください)
(冊子「交流StyleMagazine」では人蔘湯の紹介をしています。ぜひご覧ください)




さん(右)と現店長の奥村明加(左)さん。藤井さんは
今も運営に携わり奥村さんを支えている。
―学生時代からオーナーと交流がある三重県伊賀市の「一乃湯」を継承することになったきっかけについてもお聞かせください。
「自分が高齢になる前に、いいカタチで引退したい」と、オーナーの中森さんから逆オファーをいただきました。
中森さんは「一乃湯ワンダーランド」という構想をお持ちなんです。店の周囲を活性化させなければ、銭湯は存続できないとの考えで、長年にわたり、さまざまな取り組みをおこなってこられました。ゆとなみ社にオファーをくださったのは、「若い人たちの力を借りたい」との想いが多分にあるのだと思います。
一乃湯 Instagram
https://www.instagram.com/ichinoyu_ninja/


プロフィール
- ゆとなみ社 代表
- 湊 三次郎(みなと さんじろう)
- 静岡県浜松市生まれ。京都の大学へ進学し銭湯サークルを立ち上げる。全国の銭湯をめぐり、店主らと交流を深める。訪れた銭湯の数は、通算で700軒以上。大学卒業後アパレル会社に就職した後、2015年に京都市の「サウナの梅湯」を継業。2021年に銭湯継業の専門集団「ゆとなみ社」を設立し、後継者不足などに悩む銭湯の再建を次々と果たす。


- ゆとなみ社
- 「銭湯を日本から消さない」をモットーに銭湯の継業をおこなう。「サウナの梅湯」「源湯」がある京都府をはじめ、大阪府・兵庫県・滋賀県の近畿圏で計8店舗、中部地域には、愛知県豊橋市の「人蔘湯」、三重県伊賀市の「一乃湯」があり、合計で10店舗の銭湯を運営(2025年12月現在)。社名は「私たちが湯を営む(経営)」「湯と人々の営み(生活)」から名付けられた。
(写真は「サウナの梅湯」)
Instagram
https://www.instagram.com/yutonamisha/





