
中部地域の注目パーソンにインタビュー!
気になるモノ、面白いモノ
見つけてみんなに伝えたい
雑貨コーディネーター
オモムロニ。さん
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August 26. 2026(Wed.)
文具や日用雑貨、おみやげ品やグッズ。人が見過ごしてしまう「ちょっといいモノ」を、誰よりも早く見つけて、雑誌やSNSなどで発信している、雑貨コーディネーター・オモムロニ。さん。その原点は、テレビと雑誌にかじりついていた学生時代にある。モノへの尽きない好奇心は、どこから生まれ、どうやって「仕事」になっていったのか。
第1回は、「雑貨コーディネーター」の肩書きが生まれるまでの経緯を伺った。


知りたい気持ちが原点
小さな情報収集家だった
──「雑貨コーディネーター」としてご活躍のオモムロニ。さんですが、どんなお子さんでしたか?
小さい頃は、モノが好きとか服が好きという前に、とにかく何でも知っていないと気がすまないタイプで、ずっとテレビばかり見ているテレビっ子でした。
同時に教えたがりな性格で、小学生の頃は壁新聞係で「私に1コーナー書かせて欲しい」と志願していたくらい。たとえば縄跳びひとつとっても、「学校の前の文房具屋さんのものより、駅の反対側の量販店のもののほうが二重跳びが跳べる」といった情報を見つけては、みんなに伝えていました。友だちの誕生日プレゼントも、五百円と言われたらその五百円に命をかけて、わざわざ隣町の誰も行かないようなお店や、おまけをつけてくれるお店などを探しに行ったりしていました。
今の仕事をするようになってから同級生に会ったら、「あの頃から変わってないね」と言われました。
──本当に今と同じですね。中学・高校生の頃はどうでしたか?
中高生の頃は、とにかく“雑誌命”でした。全ての情報源が雑誌で、高校時代、バイト代の半分くらいは雑誌に使っていたと思います。たとえば、少女向けファッション雑誌『Olive(オリーブ)』。穴が開くほど眺めていたので、どこのお店にどのブランドの何があるとか、行ったこともないのに代官山の地図が頭に入っていたくらいでした。バックナンバーがどんどん溜まるので学校に持っていったら、教室の後ろが学級文庫みたいになって。みんなが授業中にこっそり読むものだから、先生に「もう持ってこないように」と叱られました(笑)。
──モノを通じて人とつながる、会話が生まれるという感覚は、その頃からありましたか?
あったと思います。買いまくっていたとはいえ、自分だけで楽しむのではなくて、見つけたものをみんなに「どう?」と見てもらい、楽しませたいタイプだったと思います。当時はインターネットもなかったので披露する場もなく、学校がその場でした。誰よりも早く見つけたものを、ちょっと得意げに持っていって、「これ何?」と聞かれて話がはじまる。その感覚が、たぶん全ての原点になっているのでしょう。


発信する楽しさに出会い
「雑貨コーディネーター」へ
──ご自身で情報発信を始めたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
大学で、希望の選択授業に外れてたまたま受けたのが「HTMLでホームページをつくる」というクラスでした。90年代後半はまだ個人でサイトを持つのは珍しい時代。 当時は格闘技観戦にハマっていたので、「女の子のための総合格闘技講座」とか、行ったライブのレポートとか、誰に頼まれたわけでもないのに、毎日大量の文章をアップしていました。それをたまたま雑誌編集や音楽業界の方たちに面白がってもらえて、繋がりができていきました。
就職活動の時期になり、雑誌にかかわる仕事がしたかったのですが、当時よくお会いしていた編集者の方に、「今Webをつくれるなら絶対にIT業界に行った方がいい」と言われて、Web制作会社に就職。会社から、「まもなく“ブログ”サービスが日本でも始まるから、すぐに仕事で使えるように、1人ひとつブログをつくるように」と課題があり、見よう見まねでつくったブログが「オモムロニ。」です。今の活動名はブログのタイトルだったんです。
レイアウトやデザインなど試行錯誤を繰り返しながら、好きなモノ・コト・ヒトなどを雑多に書き溜めているうちに、ブログブームがやってきました。その頃にはもうコンテンツが充実していたので、たくさんの方が読んでくださいました。20年ぐらい前の話ですが、いまだに「当時読んでました」と言われたりします。
──それが評判を呼んで、今の活動へとつながっていくわけですか?
少しずつですが、編集企画やライターさんのお手伝いをするようになりました。そのきっかけは、就活当時アドバイスをくださっていた方のひとり、マガジンハウスの中島敏子さん。雑誌『GINZA』の編集長に就任される際に声をかけてくださいました。ブログの活動も見てくださってました。
今思えば生意気で恥ずかしいんですが、雑誌を読んで「◯◯な手みやげ十選」という企画があったら、「私の方がもっと新しくて素敵なものを見つけられるのに」と思っていました。情報収集力だけは、根拠のない自信がありました。
でも、しばらくは肩書もなく、数いるブロガーの一人。素人の情報と思われて、出したネタが名前の出ないまま記事になってしまうことも多かったです。
──それで「雑貨コーディネーター」の肩書をつけることになったんですね。
見かねた編集者さんに「ちゃんと肩書をつけないと」と言われたんですけど、 ない肩書きを名乗ることへの気恥ずかしさもあって2〜3年悩みました。
今やっていることと、今後やっていきたいこと、どちらも出来るような肩書きがいいよというアドバイスがすごく腑に落ちて。「インテリアコーディネーター」という職業はすでに一般的なので、その雑貨版と言えば伝わりやすいかなと。2014年頃、ある雑誌で10ページの特集を一人で任されたのを機に、意を決して「雑貨コーディネーター」と名乗りました。


自身は主役を立てるためイラストで登場。
今も手元に置いている
人生を変えたモノ
──今も大事にしている、原点になったモノを教えてください。
やっぱり雑誌ですね。 とくに『Olive』は小学生から社会人になっても最終号まで読んでいました。巻頭に「Flash Up!」というコーナーがあって、人物、アート、雑貨、コスメ、音楽、映画、グルメ…あらゆる最新情報がごちゃまぜのページに毎号ワクワクしていました。あの雑多なコーナーが、私の価値観のベースになっている気がしますし、ブログもまさにそんな感じでした。当時から服以上に雑貨に夢中でしたが、ホームセンターや業務用の専門店、市場など、あらゆるところで面白くてかわいいものを見つける宝探しの楽しさも、影響を受けて今に繋がっているなぁと感じます。
そう感じるようになって、コツコツとバックナンバーを集め、今では300冊以上所蔵しています。
──意識して集めた、はじめてのモノは何でしたか?
エアライングッズです。とくにドイツの「ルフトハンザ航空」が好きで、ミュンヘン空港にグッズショップがあったので、そこ目当てでわざわざミュンヘン経由で旅をしたくらいです。「フィンエアー」のマリメッコ柄や、ファッションブランドとホテルがコラボレーションしたカップ&ソーサー、飛行機のアメニティは、今も日常で使っています。エアライングッズ好き同士でトレードしたり、マイルだけ貯めてグッズに興味のない人が譲ってくれたり。気づいたら集まっていました。
──野球モチーフのものも、よく持ち歩かれているとか。
幼少期から野球が好きなので、野球モチーフのものも多いです。MLBの韓国での開幕シリーズのときに買った、ドジャースをハングル表記したキャップ型のポーチや、投球フォームが描かれた手ぬぐいもお気に入りです。横浜在住なのでDeNAベイスターズを応援していますが、一見すると球団グッズとは分かりにくいようなものを好んで持ってます。贔屓はあるけど野球全般が好きなので、さりげないものを。そうすると野球好きな方が話しかけてくださって、お仕事の相手とも話が弾んだりしますよ。


通じてデザインに興味を持つようになった。


プロフィール
- オモムロニ。
- 雑貨コーディネーター。日用品、文具、インテリア、贈り物などを幅広く取材・セレクトし、その魅力を発信している。機能性やデザインだけでなく、思わずクスッと笑ってしまうモノや、愛嬌のあるアイテム選びが得意。現在、雑誌『&Premium』にて連載中。 著書に『DAILY GIFT BOOK 気持ちが伝わる贈りものアイデア』(文藝春秋)がある。
- https://www.instagram.com/omomuroni/


- 交流Style Magazine「思いを包む、中部の手みやげ」特集号では、雑貨コーディネーター・オモムロニ。さんのコメントを掲載! ぜひ合わせてご覧ください。
「交流Stye Magazine」2026夏・秋号




