甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

もっと楽しめて
繰り返し通いたくなるまちへ
浅間温泉(長野県松本市)

September 30. 2024(Mon.)

ー前回の記事はこちら
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東京・調布の人気雑貨店が松本に出店した理由とは?浅間温泉(長野県松本市)
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浅間温泉に新しい風を吹き込む「手紙舎 文箱」浅間温泉(長野県松本市)
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手紙社進出のきっかけとなった「松本十帖」について 浅間温泉(長野県松本市)

長野県松本市、市街から車で約20分ほどの温泉街「浅間温泉」は、豊かな自然を感じられる安曇野や上高地へ向かうのにも便利な場所。1,300年以上湧き続ける名湯は松本城主が通ったことでも知られており、竹久夢二、若山牧水、与謝野晶子などの文人墨客にも愛されてきました。
今回、そんな温泉街で雑貨とカフェの店「手紙舎 文箱(ふばこ)」の運営をおこなう手紙社の代表・北島勲さんを訪ねて浅間温泉へ。
温泉街散策を楽しみながら、北島さんたちのまちへの想いをかみしめたのでした。

風情ある温泉街を
じっくりと散策

浅間温泉の玄関口となるバス停前の「手紙舎 文箱」からスタートして、「松本十帖」の各施設を巡りました。
その間、ほかにも昔ながらの温泉街の風情を堪能。温泉街には、住民だけが利用できる共同湯が点在しています。特に看板も出ていないので、知らなければ通り過ぎてしまうのですが、建物の上方部に「湯抜き」と呼ばれる開閉式の窓がついているのを目印に、目を凝らして歩きました。それから1964年まで、松本駅から浅間温泉間を走っていたという路面電車の風景を想像したりも。
松本十帖では、毎日16時から、ガイドと一緒に温泉街を歩く「浅間温泉ウラ湯めぐりツアー」が開催されているそうなので(「松本本箱」のロビーに集合)、次に浅間温泉を訪れるとき参加してみたいです。

浅間温泉は坂道も多く、たくさん歩けば足も疲れてきます。
途中、ひとやすみしたのが、気軽に立ち寄りできる日帰り温泉「ホットプラザ浅間」の足湯。源泉掛け流しで、足のみくむやしびれに効果があるというので、休憩にもぴったり。足湯そのものは無料で誰でも浸かることができます。

ホットプラザ浅間
https://hotplaza.jp/

裏路地に入って見る風景も趣がある。
受付でタオルも販売しているので、
手ぶらでも安心して利用できる。

貴重な作品や民藝品を
たっぷりと堪能できる宿

文化の息吹が根付く浅間温泉を語るのに外せないのが、1891年創業の温泉旅館「菊之湯」の存在。ゆるい勾配の切妻屋根が特徴的な、信州の伝統的な民家の形式「本棟造り(ほんむねづくり)」の宿として、また、民藝運動に関係する作家や、手塚治虫、やなせたかし、長新太など漫画家や絵本作家が常宿にしていたことでも知られています。

松本民芸家具やアンティークの調度品を配したロビーも趣がありますが、館内のいたるところにさりげなく展示された美術品や工芸品にも目を奪われます。
バーナード・リーチ、濱田庄司、棟方志功、三代澤本寿、岸田劉生、熊谷守一、柚木沙弥郎……。一流の作品がずらり。
大女将・中條今子さんのお母さまが芸術家の先生方と深いお付き合いをする中、女将自らが集めたり、縁があって菊之湯にやってきたり、宿全体をギャラリーのように楽しむお客さまもいらっしゃるそう。
全17室ある客室はすべて異なる趣で、中庭や檜の内風呂を備えたお部屋も。菊をかたどったイタリア産大理石を湯船に浮かべた「菊風呂」と、伊豆石と赤影石を用いた「紅風呂」、二つの温泉も肌あたりが優しくゆったりできると評判です。

信州松本の奥座敷 浅間温泉 本棟造りの宿 菊之湯
https://kikunoyu.com/

どっしり重厚感のある宿は、
松本地方伝統の民家「本棟造り」を再現。
ケヤキの大黒柱があり太い梁が交差するラウンジ。
松本民芸家具やアンティークの調度品に囲まれた、
趣ある落ち着いた空間。
階段上の壁を彩るのは、型染め作家・柚木沙弥郎氏
による猫のタペストリー。先代の女将は、柚木氏と
親しく手紙のやりとりをしていたそう。
大女将・中條今子さんとともに。

昔ながらの温泉街から届ける
幸せな日常のおすそわけ

気軽に海外旅行できるようになり、さまざまな娯楽が増えた今。かつてと比べると、人の往来が減って寂しい風景に変わってしまった観光地や温泉地が各所にあるでしょう。
そんな中、松本十帖と手紙社が新たな拠点をつくった浅間温泉のこの先の未来がとても楽しみ。どちらの組織もその代表も、ただ自分たちの利益を追求するのではなく、まちそのものが賑わいと豊かさを取り戻すことを大事に考え、工夫を凝らしています。そこに暮らす人が今まで以上に自分たちのまちを楽しみ、旅や散策にやってくる人たちにとっても繰り返し通いたい場所となるように。
そのためにはまず自分たちにとって心地いい空間をつくり、誰よりも楽しんで、そのまちを愛おしいと思うこと。
まちづくり、店づくりに本気で取り組み、そこで楽しむ北島さんの姿に、私の中の”わくわく“も膨れ上がりました。

手紙社代表・北島さんと浅間温泉の温泉街を散策。
「おやきとコーヒー」前で「昭和39年まで、すぐ
そこに路面電車の駅があったんですよ」と教えて
もらっているところ。

手紙社をはじめて数年目の北島さんと、トークショーで対談したことがあります。
そのとき北島さんはこんなことをおっしゃっていました。

「手紙社で見つけた1枚のポストカードや、手紙社で味わった1杯のコーヒーが、明日を生きる力になったり、誰かを幸せにできるかもしれない」

編集チームとしてスタートした手紙社だからこそできる独自のスタイル。
自分たちが心から愛せるものを探し出し、自分たちの言葉で紡いで、店舗やイベントや紙やWEBなどの媒体を通して紹介する。そこに読者やファンができ、活気が生まれ、その先の未来に続く。

これからも定期的に浅間温泉に通って、私自身も賑わいを取り戻す浅間温泉の風景の中のひとつになりたいと感じました。

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浅間温泉
長野県松本市
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