甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

全国から注目される
クラフトイベントへ
「ART&CRAFT 静岡手創り市」(静岡県静岡市)

January 06. 2025(Mon.)

日本では古来からつくり手と買い手をつなぐ場として、同じ季節や決まった月日に野外でおこなわれる“市”が大きな役目を果たしてきました。
物資の流れが多様化し、さまざまなものがすぐさま手に入るこの時代にも、人や物の交流を生み、賑わいを呼ぶ市が開催されています。
「ARTS&CRAFT 静岡手創り市」もそのひとつ。毎年春と秋に各2日間開催され、静岡県の内外から人が集まる大人気のクラフトマーケットです。
2024年秋、念願だったこのイベントを訪れ、主宰者・名倉哲(なぐらさとし)さんにお話を伺いました。

ART&CRAFT 静岡手創り市
https://www.shizuoka-tezukuriichi.com/
https://www.instagram.com/a_c_shizuoka/

手創り市の始まりは
作家に寄り添う思いから

背景に自然豊かな谷津山(やつやま)を擁する静岡県静岡市の「靜岡縣護國神社」参道で、春と秋の年2回開催される「ARTS&CRAFT 静岡手創り市」。2010年秋に始まり、もうじき15周年を迎えます。
私が、静岡手創り市の存在を知ったのはもう何年も前。地元・静岡県に限らず行く先々で、画家・山口洋佑さんの絵に惹かれて手にするフライヤーが例外なく、静岡手創り市の案内だったのです。長らく「いつかは……」と思いながら、叶えられず胸につかえていたのですが、次回の開催日を確認すると、その2日間の予定は空白。ようやくこのときがきたと、浮き立つような足取りで静岡へと向かいました。

この日は、初めての静岡手創り市をじっくり見て回る前に、主宰者・名倉哲(なぐらさとし)さんにお話を伺えることに。
神社の参道の両側には白を基調に出店者のテントが連なり、開始間もない午前の時間帯だというのにすでに来場者がぎっしり。長年憧れていた場に身を置いて、高揚する気持ちを抑えながら名倉さんにご挨拶。ゆるやかに会話を交わしながら参道を進み、本殿前の芝生広場のベンチに座って、まずは名倉さんのルーツを伺いました。

「ART&CRAFT 静岡手創り市」主宰・名倉哲さん。

静岡市清水区生まれの名倉さん。地元を離れたあとも帰省をすると、靜岡縣護國神社で毎月開かれる骨董蚤の市をたびたび訪れていました。ここは以前から親しみのある場所だったそう。
そんな名倉さんのご実家は飲食店。店や家には九谷焼をはじめとする作家の器が身近にあって、物心ついたときから日常的に手工芸に触れていたと言います。

名倉さんは東京の大学に進学し、25歳でカフェギャラリーの経営を始めました。自身の店で物づくりに携わる作家たちと企画展をおこなうなか、あることに気がつきます。
「作家が低コスト・低リスクで自らの作品を販売できる場が圧倒的に少ない」と。

たしかに、店舗やギャラリーで個展を開くには、ずいぶん前から会場との予定を調整し、作品制作だけではない、DMの作成や告知、展示作業そのものにも時間や労力を要します。もちろん、それは作家にとって輝かしい舞台ではあるのだけれど、もっと日常的に、たとえば昔から市が開かれていた公園や寺社の境内で、定期的に作品を販売できる場があっていいのではと思い至るようになりました。

「自分がぼんやり考えていたことを奈良に住む友人に話したところ、きみが考えていることは京都・知恩寺の『百万遍さんの手づくり市』に近いのではとその存在を教えてもらい、京都へと足を運んでみたんです。そうしたら売り手と買い手が境内を埋め尽くす、まさにこれだと思う景色があって。同時に、イベントとしてトレースすればいいわけではなく、自ら立ち上げたものを根付かせていくのも別の話なんだろうなと考えながら東京に戻りました」

東京・雑司ヶ谷で
はじめての“市”を開催

今でこそ日本各地で、クラフトフェアやマルシェと銘打ちさまざまな市が開かれていますが、2005年当時はまだ、東京をはじめ他の地域にも、手づくり市はそう根付いてはいませんでした。

その後、休日に東京を自転車で散策する名倉さんに、運命的な出会いが待っていました。高層ビルが建ち並ぶ池袋と隣り合わせにありながら、緑豊かでどこか懐かしい下町の雰囲気が残される雑司ヶ谷(ぞうしがや)。都電荒川線・鬼子母神前(きしぼじんまえ)駅からケヤキ並木の参道が続く名刹・鬼子母神堂の、境内に趣をたたえた駄菓子屋が立つ和やかな光景に身を置いたとき、“ここだ”という直感を抱きました。そうして新たな手創り市の構想とともに、企画書にしたためて住職の元へ何度も足を運び、10カ月にわたり丁寧に話し合いを続けました。
「やりたいことをやって、やりたい人たちが集まると、自然と車輪が進んでいく。でも場所を貸してくださる方からの信頼を得ないと、続かないなと思ったんです」。
名倉さんは、今も毎月欠かさずお寺に挨拶を続けています。

第一回「雑司ヶ谷手創り市」の開催は、2006年秋。初回出展者は33組。そんな最初期を名倉さんは「冬の時代」と振り返りますが、必ず春はやってくると確信も抱いていたそうです。実際、春の到来とともに出展者も来場者も増え、会場は彩りを増していきました。

実は私も初期の頃に、雑誌の取材を兼ねて雑司ヶ谷手創り市を訪れたことがあります。そのときは、コーヒー豆、焼き菓子、リネンのクロスなどを購入したのですが、どの方も本業は別にあって、いつか店をもったり、本格的なブランドを持つことができたらと話してくださったのを覚えています。趣味から先へ一歩踏み出した方々が、自らの手で直接作品を買い手に届ける。買い手もピカピカの宝物を見つけたような嬉しさに満たされる。そんな初々しく柔らかな雰囲気を思い出しました。

ほぼ毎月一回開催されている「雑司ヶ谷手創り市」。

手工芸・クラフト作家の
屋外作品展覧会

「雑司ヶ谷手創り市を続けるうちに、平日は会社に勤め、週末に作家活動をおこなう出展者の比重が増えてきました。そんな中、作家一本でやっていく人たちが集まる場をつくりたいと思って。ただ、いろんな人が出展しているところが雑司ヶ谷手創り市のよさでもあるので、それをガラッと変えるのは嫌でした。そこで別の場所で別の市をと考えたとき、自分自身に親しみがあって、広い場所をと思いを巡らせ、自然とここ(靜岡縣護國神社)に辿り着きました」。

静岡手創り市の応募要項には、手工芸・クラフトと暮らしに根ざしたものや素材を生かした焼き菓子やパンを中心に、趣味としての制作ではなく「自身の制作(表現)を生業とし、またそれを目指している方」を望んでいると記されています。
また、作品展覧会としての出品内容や点数、展示構成についての追記があることからも、静岡手創り市が職業・専門家として作家が集まる場であることが分かります。

雑司ヶ谷手創り市の立ち上げから4年後の2010年。名倉さんは地元・静岡で新たに「ARTS&CRAFT 静岡手創り市」を始めました。

静岡手創り市を名倉さんにご案内いただいた。
「ART&CRAFT 静岡手創り市」
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