甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

地元のおもしろさに気づき
一歩を踏み出したから今がある
天竜区二俣町(静岡県浜松市)
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June 19. 2023(Mon.)

2021年に「交流Style」の前身「交流」で掛川手織葛布(かけがわておりくずふ)を取材した際、少し足をのばして立ち寄ったのが、天竜浜名湖鉄道の無人駅の駅舎を改装したホテル「INN MY LIFE」と、「Kissa&Dining 山ノ舎(いえ)」。そのとき限られた時間の中で歩いたまちの雰囲気が忘れられず、再訪したいと願っていました。その思いが叶い、二俣町のまちづくりに携わる、中谷明史さんに浜松市天竜区二俣町を案内していただきました。

自然豊かな天竜川沿いのまちへ

天竜浜名湖鉄道・二俣本町駅が最寄りの浜松市天竜区二俣町は、天竜川の自然に恵まれた地域。川で釣りや川遊びを楽しむことができたり、二俣城址、浜松市秋野不矩美術館、本田宗一郎ものづくり伝承館など史跡や文化施設も点在しています。

「中山間地域にあたる二俣は、もともとは宿場町や木材の集積地として栄えた土地でした。宿や料理店、劇場、銭湯などが数軒ずつあって、それはもうたくさんの人で溢れていたそうです」
こんなふうに、かつてのまちの様子を話しながら、まちを案内してくださったのは、「Kissa&Dining 山ノ舎」や、駅舎ホテル「INN MY LIFE」を運営する中谷明史さん。中谷さんは高校時代まで天竜で過ごし、大学進学を期に東京での生活をスタートしました。大学時代からバーテンダーの仕事を始め、その後は独自のアプローチでさまざまな物件を紹介する気鋭の不動産会社に転職します。そんな中、当時の会社の代表が浜松で講師を務めたイベントに参加したのをきっかけに、地元への思いが変化したそう。

浜松市に生まれ、天竜区で育った中谷明史さん。

「それまで、地元には何もないと思っていたんです。でも、浜松に店主の個性が活きたおもしろいお店がたくさんあることを知って。東京のコンテンツに負けないことをしている人がいるんだ、地方でもいろんなことができるんだなと思ったことが、今にいたるきっかけになりました」
同時期、中谷さんは自分たちが小さな頃に通ったり遊んでいた、商店街のお店がいくつも閉まっているのを目の当たりにして、この現状をどうにかできないかと考えるように。そうして浜松でのイベントから数ヶ月後に運命の出会いが。帰省時にたまたま、県外の人たちにもファンが多いコーヒー焙煎所が移転のため空き店舗になっているのを見つけて、ここでなら自分もなにかできると思い立ち、地元に戻って「Kissa&Dining 山ノ舎」を始めることに。それが2015年、中谷さん24歳のときのことです。

誰かに、何かに出会える
「Kissa&Dining 山ノ舎」

それから8年。店は今、地域のよりどころとして、さまざまな人たちに愛されています。メニューにある「くろもじ茶」は、“木こり”として林業に携わる常連客から直接仕入れていたり、ランチプレートには近所の精肉店のベーコンを使ったり。食材だけでなく食器や備品もできるだけ、地域や店と関わりある人たちの手から生まれるものを使用。定期的にイベントも開催され、二俣という中山間地域と、他地域の人とをつなぐ役目を果たしています。

中谷さんと話をしながら思い出したのは、私の地元・富士宮市で子どもの頃によく立ち寄った、駄菓子屋を兼ねた鉄板焼き店。みんなが”おばちゃん“と呼ぶ店主を慕っていろいろな人が訪れ、おもしろそうに話をしているのを、アイスクリームや焼きそばを食べながら聞くのが楽しかったなあ。子どもの私にはその鉄板焼き店が、大人の世界をのぞかせてくれる場所になっていたけれど、「Kissa&Dining 山ノ舎」もまた地元の人たちにとって、内と外をつなぐ大切な居場所になっているのでしょう。

クローバー通りと呼ばれる二俣町の目抜き通りに
位置する。2階はシェアオフィス。

ランチや食事、お茶やデザート、お酒と、人それぞれ思い思いに寛ぐ風景が広がる「Kissa&Dining 山ノ舎」。地元の木材を使った店内には、たくさんの本が並んでいて、自由に読むことができるのも魅力的。以前は客席だった店の2階をシェアオフィス「ニカイ」にリニューアルし、店の客層にもさらなる広がりができました。シェアオフィスを利用する人が、仕事や個人的につながりのある人を招き、新たな交流も生まれています。

かつて東京のオーセンティックバーで、バーテンダーとして働いていた中谷さんに、「地元でバーをやろうとは思わなかったのですか?」と尋ねました。
「バーはすごく魅力的な場所ですが、ちょっと敷居が高い印象があるじゃないですか。肩肘張らないでいられるカジュアルな場所を作りたくて。イメージしたのは、ドラゴンクエストの“ルイーダの酒場”。あんなふうにいろんな人が集まってきて、話をしている、そういう場を作りたかったんです。実際にそうなってるんですよ。木こりも来るし、高校の先生も来るし、アーティストも来る。ご近所さんも観光客も集まる。そのごちゃごちゃな感じが理想でした」
そこに向かえば、何かに、誰かに、出会える予感がする「Kissa&Dining 山ノ舎」。私はまだ、2度訪れただけですが、「ヤマノイエ」という名の通り、すでにもう“帰りたい”場所になっています。


「Kissa&Dining 山ノ舎」

人気の「りんごパイのレアチーズ」。
レアチーズケーキの中にりんごパイを
入れて練り込んでいる。
中谷さんがバーデンダーだったこともあって、
お酒のメニューも充実。

MAP

二俣町
静岡県浜松市天竜区
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