
中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます
誰かを誘ってまた来たくなる
作家もお客さまも皆が心地よく過ごせる場
「ART&CRAFT 静岡手創り市」(静岡県静岡市)
January 27. 2025(Mon.)
ー前回までの記事はこちら
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全国から注目されるクラフトイベントへ「ART&CRAFT 静岡手創り市」(静岡県静岡市)
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全国から集った選りすぐりの手しごとを愉しむ「ART&CRAFT 静岡手創り市」(静岡県静岡市)
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どの店も気になる!こだわりが詰まったグルメをめぐる「ART&CRAFT 静岡手創り市」(静岡県静岡市)
日本では古来からつくり手と買い手をつなぐ場として、同じ季節や決まった月日に野外でおこなわれる“市”が大きな役目を果たしてきました。
物資の流れが多様化し、さまざまなものがすぐさま手に入るこの時代にも、人や物の交流を生み、賑わいを呼ぶ市が開催されています。
「ARTS&CRAFT 静岡手創り市」もそのひとつ。毎年春と秋に各2日間開催され、静岡県の内外から人が集まる大人気のクラフトマーケットです。
2024年秋、念願だったこのイベントに足を運び、主宰者・名倉哲(なぐらさとし)さんにお話を伺うとともに、2日間じっくりと楽しむことができました。
今回は、出展者の声や、名倉さんの新しい取り組みについてご紹介します。
ART&CRAFT 静岡手創り市
https://www.shizuoka-tezukuriichi.com/
https://www.instagram.com/a_c_shizuoka/


名倉さんは、真っ直ぐな思いを
静かにつらぬく人
「ARTS&CRAFT 静岡手創り市」へ足を運んでみたいと思うようになってから、手創り市のブログや、主宰者・名倉哲さんのインスタグラムの投稿を読むようになりました。
勝手ながら大きなイベントを率いる方は、「みんなで心をひとつにして」「コミュニケーションを大切に」と大きな声で熱い思いを語るようなイメージでした。しかし名倉さんが綴る文章は粛々と落ち着き、凛としたトーン。コミュニケーションよりも、作家という“個人”やひとつひとつの“作品”に重きを置いていると話すインタビューを読んだこともあります。
どこか達観したような、飾り気のないまっすぐな言葉と思いが伝わってくる分、実際にお会いする前は、いつになくとても緊張していました。
「僕から見ると名倉さんは、誰よりも素直だと思います。逆に言えばストレートにものを言い、あまり人に合わせることがない方。すごく面白いですね」とは、静岡手創り市に初期の頃から出展している洋菓子店「quatre epice(キャトルエピス)」代表・藁科雅喜さんがおっしゃっていたこと。
“まっすぐ、素直で、嘘のない方”私も名倉さんや静岡手創り市に触れて抱いた思い。藁科さんに深く共感しました。


藁科雅喜さんと。
出展者も気持ちよく
楽しめるイベント
藁科さんは、パリで開催されるチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」で優れた職人に贈られる賞を受賞するほどの腕を持つパティスリー兼ショコラトリー。静岡市と富士市に店舗を構えるキャトルエピスは、静岡を代表する洋菓子店です。
藁科さんと名倉さんの出会いは、静岡手創り市が始まる2010年。第一回目の静岡手創り市のチラシをキャトルエピスに持って行った名倉さんは、藁科さんがつくる洗練されたお菓子の味と店の雰囲気に魅せられたそう。そうしてキャトルエピスは、第二回目から静岡手創り市に出展し、市の入口でもある靜岡縣護國神社の鳥居前に焼き菓子やジャムを並べて来場者を出迎えます。栗・さつまいも・りんごと、季節の素材を活かして作る焼きたてのクレープは、うっとりとするような香ばしい香り。
年2回開催される手創り市には、年に1回テーマが設けられるのですが、2024年秋のテーマは「経年変化と熟成」。藁科さんはクレープと同じ素材を使った熟成パウンドケーキを用意しました。過去にはお菓子のブーケをつくったり、スタッフみんなで白と黒の衣装を揃えたり、テーマに合わせたお菓子づくりや空間演出を楽しんでいるそう。
「搬入から搬出まで静岡手創り市のみなさんが丁寧に案内してくれて、いつも気持ちよく過ごしています」と藁科さん。
さらに、こんなこともおっしゃっていました。「僕が名倉さんに片思いしているんです」と。
いえいえ、お二人はしっかり両思いだと感じましたが、片思いをするように相手のことを尊重するお気持ちが素敵だと温かい気持ちになりました。
quatre epice(キャトルエピス)
https://www.quatre-epice.com/


生地に、季節のフルーツなどを合わせたクレープを
味わうことができる。
これからも続けてほしい
気持ちの良い空間
静岡市から唯一、書店として出展している「HiBARI BOOKS&COFFEE ひばりブックス」代表の太田原由明さんにもお話を伺いました。
今はなき静岡の大型書店に勤めていた太田原さんが、静岡市鷹匠に書店をオープンしたのは2020年のこと。太田原さんが一冊ずつセレクトする新刊書が並び、カフェスペースでは太田原さんの兄が東京で営む「COFFEA EXLIBRIS」のコーヒーを味わうことができます。ギャラリーも併設されているので、訪れるたびに新たな出会いがあるのも嬉しい限り。
街から書店が減少するこの時代、ひばりブックスがオープンするフライヤーを目にした名倉さんは、地元に個人が営む書店ができることが嬉しくて、オープン間もない頃に足を運んだと言います。
「名倉さんは、なんとなく取っ付きにくい、何を考えているかわからない人のように見えますが、しごく真っ当な人、真っ当な仕事を本気でおこなう人という印象です。静岡手創り市の気持ちのよい空間が名倉さんひとりの着想から実現している。他人には見せませんが、そこにかけるエネルギーは並々ならぬものがあると思います」と太田原さん。
「静岡手創り市は、作家、お客さま、スタッフ、この場所にいる人すべてが心地よく過ごせるハレの場になっているように思います。今のままのスタイルでこれからも続けていただけることを願っています」ともおっしゃっていました。
本が好きな私自身も、野外で本を選ぶというのはなかなかない新鮮な体験。静岡手創り市をきっかけに実店舗に足を運ぶ方や、市とハシゴする方もいると聞いて嬉しくなりました。
太田原さんは、ひばりブックスとして静岡手創り市に出展する際、新刊書店としてそのとき一番自信をもっておすすめできる本をブースに並べます。
感度の高い来場者が多い一日目はふつうの書店ではあまり見かけない本なども取り揃え、比較的家族連れが多い二日目は絵本などを充実させるなど、ラインナップは変化します。出展者向けにアートや工芸関連の本も準備し、この日は民藝にまつわる本が目立つ位置に置かれていました。
HiBARI BOOKS & COFFEE ひばりブックス
https://hibari-books.com/
https://www.instagram.com/hibari_books/


太田原由明さん。


「さまざまな形で本に触れてほしいです」
と太田原さん。
静岡に拠点もでき
少しずつ新たな取り組みも
2023年、名倉さんは静岡市の用宗(もちむね)に、料理家・藤間夕香さんと新たな拠点「夕凪」をつくりました。
長らく東京と静岡を行き来する名倉さん。東京の事務局とは別に、静岡手創り市の事務局を単独で持つためでもあったそうですが、それだけではありません。静岡手創り市を続ける中、名倉さん個人としても興味を持った出展者ともっと一緒に仕事をしたいと思ったとき、それを実現できる場所が欲しいという思いが少しずつ芽生えてきたと言います。ここでは不定期で、食事会や茶会、衣食住にまつわる展示会が催されます。
また、具体的な時期は未定とのことですが、今後は名倉さんの地元・清水駅前のアーケード商店街でもイベントを予定しているそう。こちらは雑司ヶ谷手創り市に近い、いろいろな人が参加できる形で構想しているというので楽しみです。
私が高校卒業後に静岡を離れてから30年が経ち、今は半分、旅するような気持ちで静岡に帰省しています。そうして新たにステキな店・場所・イベントに出会うと、今度は東京から友人を誘って静岡へ赴きます。今回、静岡手創り市から帰ったあとには「春と秋、静岡へ一緒に行かない?静岡手創り市というのがあってね」と、見た物、聞いたこと、食べた物について、夢中で親しい人に話をしました。




次回は2025年4月12日(土)・13日(日)に開催予定。