甲斐みのりわたしのまちのたからもの

中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます

尾州のこれからを担う
繊維のまちのレトロビル
Re-TAiL(リテイル)(愛知県一宮市)

May 27. 2025(Tue.)

古くから、繊維産業が盛んな愛知県一宮市(いちのみやし)。毛織物の産地として発展してきた歴史を今に伝えるのが尾西(びさい)繊維協会ビルを活用した「Re-TAiL(リテイル)」です。昭和モダンなビルには魅力あふれるテナントが入り、ファッションに敏感な人が出入りするだけでなく、繊維のまちの象徴として注目されています。
今回は、同ビル代表の伊藤核太郎さんに尾州とRe-TAiLの魅力について伺いました。

世界三大毛織物産地のひとつ
一宮市の歴史・文化を伝えるビル

「ぜひ一宮にいらしてください。きっとお好きな建築や喫茶店がありますよ」。ここ一年のうちに、名古屋市や岐阜市での講演会にご来場いただいた方々から、たて続けにその名が出て、気になる存在だった愛知県一宮市。
これまで、モーニングの発祥地という説を聞いたことはありましたが、踏み込んで調べてみると、この地域に喫茶文化が根付いたのは、一宮市を中心とした尾州(びしゅう)地域が日本一の毛織物の産地として発展してきた歴史に関係していました。
朝、まちの各所で機織り機が動き始めると、ガチャガチャと大きな音が響き、商談も雑談もままなりません。そこで機屋を中心に喫茶店に集う習慣が広がっていったそうです。

今も尾州は、イギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラに並んで、世界三大毛織物産地に数えられます。糸から生地になるまでの工程が分業・協業でおこなわれ、尾州で生産されるテキスタイルは、国内外のハイブランドからも信頼を集めています。紡績・撚糸・染色・整理から縫製までが一貫してできるのも尾州織物の特徴です。

そんな尾州のテキスタイルや一宮市の文化に触れてみたいという思いが膨らんで辿り着いたのが、「Re-TAiL(リテイル)」。1933年に尾西繊維協会ビルとして建てられた鉄筋コンクリート3階建てのレトロなビルに、テキスタイル、ファッション、デザインなどのテナントやアトリエ、展示やイベントスペースが集約されている施設です。

1850年創業の毛織物メーカー・国島(くにしま)株式会社と、
Re-TAiLの代表を務める伊藤核太郎さん。

まず訪れたのは、Re-TAiLの2階にある「国島 CONCEPT TAILOR」。1850年創業の尾州でもっとも古い歴史を持つ毛織物メーカー・国島株式会社の直営テーラーです。そこで、同社とリテイル、双方の代表を務める伊藤核太郎さんに話を伺いました。

「尾州は、奈良時代以前から織物が盛んな土地でした。昔の文書には尾張国から最上級の絹織物・錦を朝廷に送っていた記録が残っています。以来、時代に合わせて、麻、絹、綿と、さまざまな生地を生産してきました。明治以降は毛織物の産地として急成長し、昭和初期には一宮は毛織物王国として全国に名を馳せました。この建物ができたのも、毛織物が盛んだった1933年(昭和8年)。景気のいい時代に、尾西織物同業組合事務所として建てられたので、細部まで贅沢につくられています」

濃い茶系のスクラッチタイルの四隅に白い隅石が縁取られた外壁に、ゴシック風のアーチ窓、ヘリンボーン状に配したタイルが特徴的。入口の玉ねぎ型のような扁平尖頭アーチの意匠は、世界的な毛織物の産地であるイギリスをルーツとするチューダーゴシックの様式を取り入れています。
1階は事務室、組長室、応接室、文書庫、宿直室、2階は貴賓室、検査員・組合員和室、試験室、3階は100人規模の大会議室、陳列室、委員和室で構成されていました。

アーチ窓が印象的な外観。
広々としている3階の大会議室。
もとは3階の大会議室に設置されていた
ぜんまい式の大きな振り子時計。隣には
戦後、昭和天皇がお座りになったという椅子が。

取り壊しの危機を乗り越え
尾州織物の発信基地に

そんな尾州織物の繁栄を象徴する建物も、尾西繊維協会やほかの入居者の移転によって取り壊しの話があがりました。そこで伊藤さんとともにビルを活用しようと立ち上がったのが、コーディネーターの稀温(きおん)さん。
二人とも、繊維業の繁栄を見つめてきたレトロビルの維持を願う気持ちと、もうひとつの思いを抱えていました。それは、テキスタイル業者がアパレルメーカーへの商品提案に使用する上質なサンプルが、一定期間を過ぎると破棄されてしまうことへの疑問でした。少量の生地でも欲しい人がいるはずだと感じていた伊藤さんは、稀温さんに相談しました。

そうして2014年にテキスタイル業者の有志・約20社を集めて、尾西繊維協会ビルでサンプル生地の販売会「RRR MATERIAL PROJECT(アール マテリアル プロジェクト)」を開催することに。色彩豊かな生地が並ぶ中、1,300人もの来場者が訪れ、客と業者が会話を楽しむ、華やかで賑やかな場となりました。

リテイル2階の直営テーラー
「国島 CONCEPT TAILOR」で話を伺った。
伊藤さんとともにリテイルを立ち上げた
コーディネーターの稀温さん。

そこで伊藤さんがあらためて実感したのが、繊維業の盛んなまちで一般の人がもっと日常的にテキスタイルに触れる機会の必要性でした。それまで尾州の業者は卸売業者との取引が大半で、地元の人が尾州織物を目にしたり、直接購入したりできる場や機会がほとんどなかったそうなのです。
伊藤さんと稀温さんは2016年に、英語で小売を意味する会社「リテイル」を立ち上げます。尾西繊維協会ビル一棟をまるごと借り受けて、1階には尾州のテキスタイル業者50社以上のサンプル生地や市場に出回らない凝った試作品、小銭で買える端切までを個人で少量から購入できる「RRR MATERIAL PROJECT」を常設店として設けました。

ビルのほかの小部屋には、ライフスタイルに関連するものづくりをおこなう作家さんを誘致して、日本一の毛織物産地としての発信拠点をつくり上げました。


RRR MATERIAL PROJECT(アール マテリアル プロジェクト)
http://rrr-material.jp/
https://www.instagram.com/rrr_material/

KUNISHIMA
https://www.kunishima.co.jp/
https://www.instagram.com/kunishima_ct/

個人でも少量から購入できるのが嬉しい。
RRR MATERIAL PROJECTでは
尾州産の糸も購入できる。
3階の大会議室にも生地のサンプルが大量に。

MAP

Re-TAiL(リテイル)
〒491-0858愛知県一宮市栄4-5-11
電話番号:0586-59-2105
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