中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます
店主夫妻の思いが詰まった
まちの憩いの古本屋
勝川駅前通商店街(愛知県春日井市)
September 19. 2023(Tue.)
名古屋駅や県営名古屋空港へアクセスしやすく、国道沿いにはさまざまな店舗が建ち並ぶ愛知県春日井市。子育て支援にも積極的で、住みよいベッドタウンとして人気を集めています。そんな春日井市の西の玄関口となるのがJR勝川駅。駅前から続く商店街には、老舗から新店まで個性的な店が軒を連ねています。今回はその昔ながらの商店街に新たな風を吹き込む古本屋を訪ね、店主夫妻にお話を伺いました。
二人で旅をして
思い描いた”私たちの店”
勝川駅前から続く勝川駅前通商店街、通称「勝川大弘法通り商店街」には、古くから続く趣をたたえた老舗と、店主の個性がきらりと光る新店が混在しています。そこで最初に訪れたのが、「古本屋 かえりみち」。元は種苗屋だった築90年近い古民家をリノベーションし、起業を目指す経営者たちが店舗をシェアする「TANEYA」の2階に、2022年2月にオープンしました。妻の池田望未(のぞみ)さんと、夫の育望(いくみ)さんご夫妻が、二人で切り盛りしています。6畳ほどの部屋の中には、子ども向けの本、文芸書、芸術書などの古本がぎっしりと。一部ですが新刊本も並んでいます。同じ2階の1室には、絵画の展示やポップアップイベントなどのイベントをおこなうギャラリースペースも設けられています。
望未さんは三重県四日市市にある子どもの本専門店「メリーゴーランド」のスタッフとなり、一時期は四日市で暮らしていましたが、小学校教員だった育望さんとの結婚を機に、再び愛知県に帰ってきました。2人の地元は名古屋市ですが、新たな生活の場に選んだのが、名古屋にもアクセスがいい春日井市。新婚当初、望未さんは専業主婦で、育望さんは春日井から名古屋の職場に通っていましたが、さまざまな思いを抱えて、育望さんは仕事を辞めることに。そうしてしばらくスケジュールが真っ白になった2人は、お互いに好きな本屋や美術館を車で巡る旅に出ました。
「いろんなお店や店主を知り、車中じっくり夫婦で話す時間を持てたことで、気持ちがひとつになったのが“私たちには私たちのやりたいお店がある”ということでした」(望未さん)
これまでも望未さんはいつか自分の本屋を開きたいと思っていましたが、育望さんと旅する中で進みたい道がはっきり目の前に現れました。
縁がつながり
実店舗をオープン
旅から戻った2人は、“いつか開く店の名前”を、「だれもが“ひとり”にかえる場所」という思いを込めて「かえりみち」と名付けました。そうして、マルシェに出店したり、喫茶店や雑貨店の一角に本を置かせていただけないかとお願いに回ったり、お店を始める前段階の活動を始める中、とんとんと縁がつながりTANEYAの一室で店を開くことに。数ヶ月で準備を整え、古本屋を開こうと決心してから約半年で、実店舗のオープンに至りました。
今はSNSや本好き同士の口コミでお店を知って、愛知県内各所や隣接する他県からも、わざわざ勝川を目指して来てくださる方が多いそうです。けれどももっと、地元の人に気軽に店に通ってもらって、文化の底上げをしたいというのが二人の理想。店がよりまちに根付き、5年、10年経ったとき、「勝川の人はよく本を読むね。好奇心旺盛な人が多いね」と言ってもらえたら嬉しいと目を輝かせます。
誰もがふらっと
遊びに来られる場所に
「古本屋というと、敷居が高いとか、頑固な店主がいるイメージを抱く方もいますが、子どもがひとりでも立ち寄れたり、誰でもふらっと遊びに来られる場所にしたいと思っています。それもあって、店名を誰にでも分かる言葉『かえりみち』にしました。今ではお客様が『◯◯のかえりみちに来ました』と話してくださいます」(望未さん)
本が好きな人はシャイな方も多いけれど、ちょっとしたきっかけで本が好きという気持ちを共有できると、話しもどんどん広がるのだそう。
「たとえ直接話しをしなくても、少しずつ減っていく本を前に、この本を読んでくれる方がいるんだなと思うことで、本棚を通した会話みたいなものが存在するんです」(望未さん)
「本の選書は、文芸書が彼女で、芸術書が僕というように役割分担しています。イベントの担当も、読書会が彼女で、ワークショップは僕が担当しています」(育望さん)
大学で美術・図工を専攻していた育望さんは、店オリジナルの本棚作りや、ロゴデザインなども手がけています。ここでは、ただ本を販売するだけでなく、定期的に読書会や絵のワークショップも開催しています。
読書と生活を繋ぐ架け橋に
本が生み出す体験を届けたい
「春におこなった読書会では梶井基次郎の『櫻の樹の下には』を取り上げましたが、参加者みんなで近所の公園まで桜を見に行ったりも。ただ座って本を読むだけでなく、本と生活は繋がっていると実感してもらえるといいな。この間は読書会参加の最年少を更新して、10歳の子が来てくれたんですよ。上は70歳の方もいらっしゃいます。経験はないけれど、かえりみちの読書会なら参加できる気がしたという方も」(望未さん)
ほかにも、お客さまそれぞれの希望に合わせて本を選び、手書きの便りを添えて発送する「ほんのこづつみ」という特別選書企画も定期的に開催しています。「どんな本を読んだらいいか分からない」「悩みから抜けだす糸口を見つけたい」「近所に本屋がない」など、みなさんそれぞれの理由を持って申し込んでくるそうです。
私もひとしきり話を聞いたあと、お二人が影響を受けたという熊本の書店店主が書いた本を買い求めました。すると、勝川からのかえりみちが心嬉しいひとときに。新しい本を読みつつの帰路は、なんとも豊かな時間でした。
古本屋 かえりみち
https://kaerimichi-furuhon.stores.jp/
※勝川店舗は2024年6月30日にて営業終了、同年9月下旬より愛知県犬山市にて新店舗開店