
中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます
海外からも脚光を浴びる
山間の温泉街
渋温泉(長野県山ノ内町)
January 06. 2026(Tue.)
開湯1350年の歴史がある長野県の渋温泉。江戸時代は、草津温泉と善光寺を結ぶ草津街道の宿場として多くの人に利用され、愛されてきました。同時に、地元の人たちは九つの外湯を大切に育てあげ、湯宿に宿泊する客人をもてなしています。そんな風情ある温泉街に近年、新たな風が吹き込まれているというので、訪ねてみました。
今回は、2015年から渋温泉で旅館経営に携わる株式会社ヤドロク代表の石坂大輔さんに、ご自身の活動を中心にお話を伺いました。


金融業界から宿の経営へ
温泉街で叶えた夢
長野県北部の山ノ内町に位置する渋温泉は、いつか訪れてみたいと憧れていた温泉街。山間にあるがゆえの静けさと石畳のあるまちなみが郷愁を誘います。
この地で、旅館「かどや」を運営しているのが、株式会社ヤドロクの代表取締役・石坂大輔さん。「旅と人を繋ぐ」をテーマに、志賀高原や新潟県の妙高高原でも旅館運営をおこなうほか、観光事業や地域活性活動も手掛けています。
出身は東京都目黒区。大学在学中にバックパッカーとしてさまざまな国を旅した経験が、現在の宿経営の原点だそう。
「旅の中で、何が一番楽しかったかと考えたら、宿だったんです。当時は、安宿を渡り歩いていたわけですが、そこでたくさんの出会いがあり、何よりも刺激になった。たまたま同じ日に泊まって、そこで会話が生まれ、ときに一緒に現地を観光して…。連絡先を交換したとしても、ほとんどの場合、その先に会うことはない。そんな一期一会がすごく楽しくて、記憶に残るんですよね。自分もいつか、そんな体験を提供できる場所をつくってみたい思いました」と石坂さん。卒業後は証券会社で働いた後、海外の大学院に留学。しかし帰国後、宿をやりたいとの思いが燃え上がり、星野リゾートに就職。長野県に赴任することになります。
「そのときに初めて長野県と接点を持ちました。実はもともとは海が好きだったのですが、長野の山々の自然にすっかり魅了されました」。その後また証券会社に勤めますが、やっぱり宿をやりたいとずっと思っていたそうです。


そんななか、たまたま渋温泉の「小石屋旅館」が売りに出されていることを知ったのです。
「好きな長野県だったことに加え、野生のニホンザルが温泉に入るスノーモンキーで有名な地獄谷野猿公苑が外国人旅行客に注目されていたので、このエリアは今後さらにインバウンド需要が増えるだろうと見越して、『自分がやるしかない』と決意しました」。
2015年夏、小石屋旅館を受け継ぎ営業を開始。しかし、同館には温泉が引かれておらず、「温泉街の宿」なのにシャワーだけ。そんなスタートでした。
「でも、ありがたいことに、渋温泉のとなりの湯田中温泉で有名な旅館よろづやの社長にお声がけいただき、お風呂を使わせてもらうことになったんです」。
周囲の協力を得ながら運営を続け、渋温泉の旅館組合にも加盟。9つの外湯を巡る渋温泉名物の「九湯めぐり」も、お客さまに楽しんでいただけるように。
またインバウンド客の目線に立ち、「東京や大阪に滞在し日本食を堪能して、次はのんびりしたいと長野県に来られるはず。ならば欧米の方々に馴染み深い洋食の朝食にしよう」とサンドイッチやコーヒーを出すようにしたそう。
そんな独自のもてなしも好評を得て、小石屋旅館の運営は軌道に乗ったそうです。


現在は別会社に事業譲渡され、石坂さんの
アイデアや取り組みも継承されている。
お客さまとともに従業員も
心地よく働ける環境づくり
2021年、残念ながら廃業となった旅館「かどや」を継業することに。ヤドロクにとって渋温泉で2つ目の旅館運営です。
渋温泉は海外から訪れる人が多い温泉地ですが、かどやには、お客さまを迎え入れるスタッフ側も外国人が多く働いています。石坂さんに伺うと、社員の半分が外国籍なのだそう。ミャンマーやトルコなど、いろいろな国の方がいるけれど、特にネパールの方が多いのだとか。
「ネパールは標高4,000mくらいの場所に住む人が多いらしく、渋温泉の雰囲気が自分の国に似てるというんです。山が近くにあると落ち着くそうで、自然に囲まれたここの環境が合っているというスタッフが多くて嬉しいです」と石坂さん。
「一方で、田舎で働くのは根気がいると思います。だから、都会勤めではできない休みの取り方をしようと。5月の大型連休が終わって新緑の季節になると客足が落ち着くので、うちの会社は就業規則で5~6月にまとまって休みを取ります。その間は会社のメールを見てはいけない。こちらからも基本的には連絡をとらない。旅行好きなスタッフが多いので、1か月休んで、いろいろな場所を旅して回る人も。旅先のゲストハウスでの体験を、またうちの宿で生かしてほしいという考えもあります」。
外国人スタッフはみな一生懸命楽しみながら日本語を勉強しているそう。もし自分が海外の宿で働くとなったら…?と想像し、みなさんに尊敬の念を抱きました。
かどや
https://yadoroku.jp/kadoya/
https://www.instagram.com/shibuonsen_kadoya/


温泉街側のバーがある建物とをつなぐ、
全長70mの地下通路がある。





