中部地域のさまざまなまちを文筆家・甲斐みのりさんが訪ねます
vacantの活動を
地元の老舗も応援
松阪市街エリア(三重県松阪市)
June 03. 2024(Mon.)
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馴染みのまちを再編集する!松阪市街エリア(三重県松阪市)
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松阪の魅力発信拠点 松阪市街エリア(三重県松阪市)
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プチ“偏愛ツアー”を体験 松阪市街エリア(三重県松阪市)
お伊勢参りの宿場町や、商人の町として発展した三重県松阪市。『古事記伝』の筆者で国文学者・本居宣長公の生誕地、三井財閥の発祥地、映画監督・小津安二郎氏が青春期を過ごしたことでも知られる土地です。
そこで地元の魅力を掘り起こしているのが、地域特化型の5人組クリエイティブチーム「vacant(バカント)」。
代表の中瀬皓太さんとともにめぐったまち歩きの最後に、明治時代から続く老舗の駅弁店に立ち寄りました。
松阪の老舗名物店も
vacantを後押し
vacantのメンバー・中瀬さんの案内で体験する、プチ「松阪偏愛ツアー」。
最後に立ち寄ったのが、松阪駅前で1895年から続く「駅弁のあら竹」。全国の駅弁ファンからもよく知られた存在です。それというのも、1959年に日本初の牛肉の駅弁を売り出したレジェンドだから。
そんな老舗を切り盛りするのが、松阪市観光協会で理事も務める6代目社長の新竹浩子さんと、企画・デザインを担当する娘の新竹実奈さん。常連さんや地元の人からは親しみを込めて、浩子さんは“ぴーちゃん”、実奈さんは“みーちゃん”と呼ばれています。
浩子さん・実奈さん母娘は“松阪の太陽”とも称されるほど、明るさと情熱を持ち合わせたお人柄。私も以前、駅弁を買うため立ち寄ったお店で浩子さんとお話を交わしたことで、駅弁だけでなく、スタッフみなさんのファンになりました。「また食べたい味がある」「また会いたい人がいる」、そう思わせてくれる駅弁のあら竹もまた、松阪の大事な宝物。
「観光だけでなく地元の方も、普段使いや法事、子どもが帰省したときに食べさせたいといって、モー太郎弁当を買っていってくれるのがありがたいです。商店街は、地元の人に愛されてこそ息吹くことになると思うので、この店も駅前通りにあることを大事にしています」と浩子さん。
「モー太郎弁当」が誕生したのは2002年。凛々しい表情の牛の顔をかたどった弁当箱の蓋を開くと、童謡「ふるさと」のメロディが軽快に流れます。中身は、国産黒毛和牛を甘辛く煮て三重県産の伊賀米にのせた、すき焼き風弁当。味よし、香りよしで、目も耳も楽しませてくれる。記憶に残る駅弁です。
モー太郎弁当の誕生20周年を記念して、中瀬さんを中心に制作したのが『駅弁のあら竹 ファンブック』。文庫本サイズのミニブックの中に、これでもかというほど濃厚な、あら竹愛、モー太郎弁当愛、スタッフ愛、松阪愛が詰まっています。
「モー太郎弁当20周年イヤーには、MADOIをお借りして、『モー太郎と夏休み』というイベントを企画しました。小学生くらいまでのお子さんたちと、あら竹のキャラクター・モー太郎をお絵描きしたり、クイズを取り入れたすごろくをつくりました。これから子どもたちや松阪が成長していくのとともに、モー太郎弁当も育って欲しいという願いを込めたイベントでした」と実奈さんの思いを聞かせていただきました。
vacantが企画する「松阪偏愛ツアー」では、最初に浩子さんから駅弁の誕生秘話を聞いてからモー太郎弁当を味わうのが定番。みんなで一斉に蓋を開き、数十人分の弁当箱から「ふるさと」のメロディーが流れる様子をぜひ一度見てみたい。そうして偏愛ツアーでは、浩子さん・実奈さんも一緒にまちを歩いているそうです。
「vacantのみなさんが考えるコースは地元の私たちでも本当に楽しくて。このコースを歩けば、みんな松阪が好きになると自信を持てるステキなコース」と実奈さんもにっこり。
偏愛から生まれる
まちや暮らしの楽しみ
多くの人が学生時代の課外授業で、歴史的資料が並ぶ博物館や、偉人の資料館を訪れた経験があるはずです。もちろん私にもあるのですが、自分がまだ未熟だったこともあり、そのときの記憶のほとんどが、「難しかったなあ」とぼんやりとしたもの。しかし「松阪偏愛ツアー」をプチ体験して、中瀬さんや浩子さん・実奈さん母娘とお話をしているうちに、大人になった今なら、子どもの頃とは違った角度や視点で楽しめるはずだと、思えるようになりました。
「僕らがこの手で町を変えたいという大きな目標を持つわけではなくて、まずは自分たちが日常を楽しむことを大切にしています。vacantのメンバーはみんな40代ですが、僕らがそうすることで、日常にあるものでも、こんな見方もできるよ、違った角度で深掘りできるよということを、子どもたちや、20代くらいの若い世代に伝えたい。そうしてみんなの中に湧き上がったそれぞれの偏愛を、交換し合えたらいいなと思っています」と中瀬さん。
まちに暮らす人それぞれが、自分自身の偏愛を抱いて日々楽しむこと。vacantが実践するそれこそが、次の世代につながる、生きたまちづくりにつながるのでしょう。
偏愛という愛情を持ってまちを歩くと、どんな道も風景も、色彩を帯びて輝きを増すものです。今回、中瀬さんと一緒に松阪を歩いたことで、自分自身のまちの見方の解像度がぐんとあがり、わくわくとした気持ちが止まりませんでした。